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| 一人暮らしを始めた |
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| 長かった受験戦争が終わり、運良くというか、力一歩及ばずというか、 第一志望の九州大学には不合格となったが、後期試験で熊本大学工 学部に滑り込んだ。大学生になったら一人暮らしをする、という僕の希 望で、合格発表後からバタバタと引っ越しをして、熊本大学の近くに僕 だけの棲み家を構えました。 電化製品、生活用品、常備薬、布団などを買いそろえ、ガス、電気、 電話、NHK、学費などの自動振替の手続きをして、インターネットをす るためにYahoo!BBを申し込み、それでもまだまだ足りないぐらいにい ろんなことをしなければならなかった。一人暮らしって口で言うほど簡 単ではない。 だけど、いままで親に頼りっぱなしだった生活から、僕なりに自立した 生活を送れるようになりたいと思う。そのためにかなりの負担を親にか けてしまうが、僕が自立するための授業料だと思ってよろしくお願いしま 〜す。 (2004. 4. 1 記) |
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| 【高校1年生】 | 【高校2年生】 | 【高校3年生】 |
| 2005. 3. 7(月) 免許取り立ての僕は当然車に初心者マークをつけなければならない。熊本から マグネット式の初心者マークを持ってきていたが、おばあちゃんが「マグネット式は 車の外に付けているから盗まれることがある。車の中から付ける吸盤式のものを 買ってきなさい」と言う。それで、オートバックスで買ってきた。1枚1,000円近くした。 高いなー。 |
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| 吸盤式の初心者マークを付けた車 | 9ヶ月かかってようやくとれた免許証 |
| さて、車に乗るのもいっときお別れである。熊本では友達がほとんど車を持ってい る。が、さすがに保険の対象でない僕が運転して事故でも起こしたら大変だから、 父ちゃんも「絶対に友達の車に乗ったらいかんぞ」と言うし、僕も乗る気はない。だ から、はやく僕の車が欲しいんだけどなー。 おばあちゃんが来年車を買い換えるときに今の軽を僕にくれるっていう約束、ちょ っと前倒しして欲しいんだけどなー。とにかくどんな車でも良いから、あちこち運転 してみたい僕で〜す。 |
| 2005. 3. 6(日) 母ちゃんの従弟に女の子が生まれて、今日がお節句の日だった。僕は呼ばれて いたわけではないが、3日前に母ちゃんの車(軽)を借りて熊本に帰っていたので、 それも返しに来なくちゃいけない、ということで、前日の5日に高速に乗って(母ちゃ んの車にハイウエーカードがあったのを見つけたんだ)帰ってきた。 それなのに、従弟の弟(赤ちゃんの叔父)がインフルエンザに罹って、うつると大 変だからと、急遽中止になってしまった。僕は赤ちゃんを見ていないので、赤ちゃん の家に連れて行ってもらった。と言うか、僕が運転していったんだけどね。 |
| 赤ちゃんはもちろんいたんだけど、赤 ちゃんより、猫の「クロベー」に気に入ら れてしまった僕。 我が家の愛犬・リュウといい、このクロ ベーといい、どうして僕は動物に好かれ るのだろう。えー、なにレベルが動物並 だからって?うーん、言えてるかも。 |
| 2005. 3. 2(水) 最近、ちょこちょこと孝行に顔を出していた母ちゃんが、「明善床屋が3月いっぱい で、お店を閉じられるらしい」という情報を仕入れてきた。僕にとっては高校3年間、 頭を刈ってもらってきた懐かしい思い出の詰まった場所だ。 免許証も取れたことだし、家の車に乗るために帰省してきた僕に、「明善床屋に 行って、溝上さんに挨拶してきなさいよ」と母ちゃんが言う。もちろん僕もそのつもり で、出かけていった。 . |
| 今にも崩れそうな明善床屋 | 床屋の店主、溝上さん | 手書きの料金表 |
| 溝上さんは、お年が確か81才だとか。まだ十分元気そうだが、足がお悪いようだ。 もちろん、生徒の利用者は僕が卒業してからはないようだし、先生方もちらほらとし か利用されていないようだ。それよりも、明善床屋の隣にある食堂・図書館棟が築 25年にして初の大規模改装工事始まるとのことで、床屋の前にも工事用の塀が作 られて、出入りがしにくくなるらしい。 そんなことが閉店を決められた理由らしい。明善が新制高校になって以来55年、 明善の歴史を長年見続けてきた溝上さん、明善高校からは居なくなってもいつま でもお元気でいてほしい。 というわけで、2ヶ月前に麻子に染めてもらったばかりの髪の毛を、溝上さんの 最後の記念に丸刈りにしてもらった。(だけど、もう、ぜったい丸刈りはしないぞー) . |
| 左後ろから | 頭のてっぺんより | 右側頭部より |
| 2005. 2.12(土) 大学に入学したときには、自動車の免許なんてそんなに急いで取る必要はない、 と思っていた。ところが、先輩や生協の職員さんから、学年が上がると自動車学校に 通う時間がなくなるよ、という話を聞いて、昨年の5月に生協と提携している「中央自 動車学校」に入校することにした。授業料は260,400円だった。 ところが、部活のためになかなか通えない。3ヶ月が過ぎ半年が過ぎ、とうとう年が 明けてしまった。家族からは「まだ、免許取れないの」と矢の催促。そんなこと言った って、時間が取れないから仕方ないじゃないか。僕だって早く取りたいさー。 というわけで、何とか卒業できた記念に、というかまたいつもの母ちゃんからの催 促で、自動車学校の写真を送るように命じられた僕は(こういう命令には当分逆らえ ない僕)、デジカメで撮って、サイズを縮小しようとしたら、ソフトがうまく動作しない。 「送れないよー」とメールしたら、「そんなの小さくしないでそのままの大きさで送れば いいじゃない。せいぜい1枚1Mぐらいでしょ。何のためのブロードバンドなのよ」と言 われた。「はい、ごもっともでございます」 (写真をクリックすると拡大(640×480ピクセル)写真が見られます) |
| 2005. 1.11(火) 冬休みに帰省したときに、自宅の近くで地域と共存する伝統ある建物をデジカメで 撮影してくるように、という宿題が出ていた。ところがこのことをころっと忘れていた 僕は、提出日の前日である昨日(10日)、このことを思い出した。どうしよう。 まず、建物は僕の住む地域にある公民館。もう今にも壊れそうな公民館なのだが これがしぶとく生き残っている。対象物件はこれに決めた。だけど、これを撮影しに 帰る時間がない。 そんなときに、頼りになるのが、いつもは「せからしかー」と思っているデジタル母 ちゃんである。10日の夜にメールで「公民館の写真を撮って明日の午前中にメール 添付で送ってください」とお願いした。すると、母ちゃんが「なぜ?」と来る。まー、当 然である。それで、僕が間抜けにも宿題のことを忘れていたことをメールで書いて送 ったら、「仕方ないわね。だけど超泥縄じゃん」とちくりと皮肉をさされた。 まー、送ってくれさえすれば何と言われようといいんだ。それで、ちゃんと朝の8時 までには、サイズもちゃんと縮小して送ってくれたよ。その写真がこれ。 (写真をクリックすると拡大(700×525ピクセル)写真が見られます) |
| まー、なんだかんだ言っても、こういうときには超頼りになる母ちゃんだ。こんなこと 頼んでも、まずここまでやってくれる母ちゃんはそんなにはいないだろう。僕のことを HPのネタにして「じゃまくさいなー」とは思うが、こんな時には「フィフティ-フィフティ」 だなと思う。 |
| 2005. 1. 5(水) 昨年のお盆に帰省したときに、妹の麻子に髪を染めてもらって以来4ヶ月以上が過 ぎ、写真のように元々の黒髪になってきた。もちろん、郵便局のアルバイトがあるか ら、あんまり奇抜な髪の色では局長に迷惑をかけるからと、黒髪のままにしていたが いよいよ、明日熊本に帰ることになり、そろそろとっぽい大学生に戻ろうと思い、ヘア メイクアーティストをめざす妹にまた染めてもらうことにした。 |
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| どうでしょうか。写真の具合で、そんなに染まってないように見えるけど、実際はオ レンジ色っぽくギンギンに染まっておりまする。もちろん、染め賃として妹に500円取 られたことは言うまでもない。 |
| 2005. 1. 2(日) 僕が家に居るときは、リュウの散歩は僕の仕事だとってに決められていた。最近帰 ってなかったし、この年末・年始はアルバイトに明け暮れていたから、リュゥの散歩に 行けなかった。今日は年賀はがき売りも早めに切り上げたので、リュウと恒例の初詣 でに行くことにした。って、我が家の氏神様の白鳥神社だけどね。 |
| 白鳥神社に行く途中に、中学生の頃「豆 よど」という行事でお小遣いを稼いでいた お地蔵さんの前で、またまたカメラを抱え た母ちゃんにばったり遭遇。「はーい、HP 用に写真を撮りま〜す」だってさ。もう、リ ュウも慣れたもんさ。 さあ、白鳥神社まであと少し。その隣に は僕が5年間通った白鳥保育園もある。 懐かしいなー。 |
| 2004.12.31(金) 部活と自動車学校に縛られて、大学生というのにまったくアルバイトができずいつも 金欠病の僕。それで年末年始ぐらいはなんとか稼ごうと母ちゃんにアルバイトの口を 探しといて、と言ったものの、期間が短いし、帰省するのが年末ぎりぎりだし、と言う ことで、駅前郵便局の局長さん(高校の時の同級生で部活も一緒だったNさんのお父 さん)の計らいで、年賀はがきを売ることになった。 29日、30日はベスト電器の店内で、大晦日の31日から1日、2日は郵便局の前で 寒風にさらされながらのアルバイトである。ところが、局長さんがハロゲンヒーターや ら段ボールなどを用意してくれて、寒くないようにしてくれた。お昼ご飯もおごってもら って、時間も1時間休んでいいよ、と言われる。「なーんて優しい局長さんなんだ」 . |
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| 郵便局の入り口で年賀はがきを売る僕 | はがきを買いに来たお客さん |
| とーっても風が強くて幟もずっとはためいていた。右の写真のどてらを着たお客さん は、僕をからかいに来た母ちゃんの従弟だった。もちろん、母ちゃんは僕の様子をカ メラで撮りに来るし、おばあちゃんも来てはがきを買って行った。だけど、元日は千枚 以上売れたんだよ。年賀状は元日に書くものだからと、百枚単位で買って行った人 もいたねー。新たな発見・・・ |
| 2004.11.27(土) 大学に入って幾度となくコンパなるものがあった。そして、今日が今年の最後のコン パというわけである。バドミントン部のメンバーによるクリスマスコンパ。行きつけの居 酒屋さんで、かなり盛り上がっている様子を・・・ 写真をクリックすると拡大写真(640×480ピクセル)が見られます |
| 2004.11. 6(土) で、母ちゃんからきつーい罰則を命じられてしまった。部屋を片づけて、その証拠に 部屋の写真を何枚かデジカメに収めてメールで送れと。そう来るだろうなとは思ったが まず、片づけることが大変だ。とにかく、散らかせるだけ散らかしておいたのだから。 まー、それでなんとなく片づいたところをデジカメに撮って送ろうとしたら、これがうま くいかない。ラッキー。「というわけで、送れません」とメールしたら。「携帯のメールが あるでしょうが。あんたの携帯のカメラはデジカメ並の性能なのだから」とちゃんと見透 かされている。ちぇ、そこまで見透かされてるんじゃ仕方がないと観念して送ったよ。 「まー、それなりに片づけたじゃない。これからも時々抜き打ちで送らせるからね」と 怖いことを言う。でも、とりあえずこれで母ちゃんの怒りも少しは収まったようだ。 だけど、僕が送った画像をまたHPに貼り付けるかよー。鬼母ちゃん。 . |
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![]() 一番汚れていた流し台 |
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| 机の周辺 | テーブルとベッド周辺 | 台所へ続く板張り |
| 2004.10.29(金) 今日、急に父ちゃんと母ちゃんがやってきた。いや、正確に言うと、2,3日前に「行く から」と予告はされていた。冬に向けて、布団や毛布などを持ってくると言う。そんなの 持ってこなくて良いのに。でも本当の理由は、来月、熊本市民会館であるさだまさしの コンサートに車でやってくる母ちゃんが、道を覚えるため、ということらしい。 もう、そんなに車で来るのが自信ないならJRで来ればいいのに。ってこんなこと言っ てももう遅いか。親が僕の部屋に入って、あまりのちらかり方に言葉をなくす様子が目 に浮かぶようだ。僕もちょっとぐらいかたづけておけばいいものを、部活や自動車学校 やらでまったくかたづけるヒマがなかったので、結果はこのとおりである。 . |
| テーブルとベッド周辺 | テーブルの上 | 台所のゴミ |
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| 机の上 | 最近買ったDVDプレーヤー |
| で、きっとこの様子を見たら母ちゃんが写真に撮って帰るだろうな、と思っていたら案 の定、これほどまでに写真に撮っていたとは・・・ |
| 2004.10.21(木) 昨日、明善高校の同級生のI君の訃報を知らせるメールが流れてきた。21日が通夜 で、22日が告別式だという。何がなんだかわからないまま、僕も通夜に参列することに して、実家に「明日、帰るから」とメールを送る。当然、「なぜ?」と来る。「友達のI君が 亡くなったから、通夜に参列するため」と送り返す。 すると、母ちゃんが先生に連絡を取って、I君が亡くなった理由を聞いてきた。I君はN 大学に進学し、アパートにひとり暮らしだった。まー僕と同じ状況だったわけだ。最近、 風邪を引いて風邪薬を服用していたらしい。その薬と食べ物・飲み物の飲み合わせが 悪くて亡くなったらしい、ということだった。事故でも病気でも、ましてや自殺でもなく、な んだかわけのわからない急死ということのようだ。 享年19才。人生のたった1/4しか生きられなかった彼の無念さ、ご家族の悲しさを思 うと言葉もない。ただ、苦しまずに亡くなった(らしい)ことだけが救いである。僕もひとり 暮らしである。くれぐれも健康には気をつけて大学生活を送らなければならないと思っ た。 I君を見送るためにたくさんの同級生、そして現役の明善生が通夜に訪れていた。I君 の人柄が、これだけたくさんの友達を、後輩を呼び集めたのだろう。せめて、天国から 僕たちを見守ってほしい、と祈りながら通夜の会場を後にした。 |
| 2004. 9.11(土) 現役の明善生の時は大運動会が近づくと尋常ではなくなってくる。って全員ではない けれど、少なくとも応援団や企画に携わっているものはそうだと思う。運動会前の約ひ と月はこんな状態で、それが3年間も続くと、どうしてもこの時期になると、明善生でなく ても興奮してくるのがわかる。 もちろん今年は卒業生としてゆっくり応援合戦を見ようと、この夏2度目の帰省をして きた。するとまたまた鬼の母ちゃんから命令が下った。それは、各ブロックの応援合戦 の中で歌われる応援歌をデジカメの動画で撮影するようにと。「でも僕はデジカメ持って 来てないよー」と言ったら、ニヤリと笑った母ちゃん。「お父さんがこの前買ったデジカメ があるじゃない」と。「麻子にも羽織の撮影を頼んだんだから、あんたも失敗しないよう にちゃんと撮影しなさいよ」とも。 母ちゃんにこんなこと頼まれると「蛇ににらまれた蛙」状態の僕。絶対に断れないこと を知っている母ちゃんは不敵な笑いを浮かべて朝早く明善高校に出かけていった。僕 は、応援合戦に間に合えばいいからと思い、昼過ぎに家を出た。しかし、それにしても 部外者になって初めて知る明善大運動会のギャラリーのすごさ。とても、まともな場所 では見られそうもない。だけど撮影に失敗したら母ちゃんの雷が落ちそうだし、まー、そ こは3年間過ごした母校のこと。ちゃんと穴場はあるもので、しっかりと確保。完璧とは 言えないまでも、まー、これだけ録れればよしとしてください、母上様。 僕が録った動画はそれぞれの応援合戦のページで見てね。 |
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お役目が終われば無罪放免。僕が3年間 紅組で過ごした一緒のメンバー、すなわち、 1年6組のクラスメートが40人中20名も運動 会に来ていた。 それから当然同窓会である。高校生の時 は禁止されていた打ち上げも卒業すれば堂 々と行くことができる。もちろんこの写真の 4人の他女子も来ていたが、差し障りがある といけないので、ムサい男ばかりをアップ。 |
| 卒業以来半年ぶりに会う友達ばかりだ。もう大学生なのに、心はすぐに明善生にタイ ムスリップ。来年は、紅組応援団長・森永君の下に全紅組100名に声をかけて、「紅組 同窓会」をやろうという計画が持ち上がっている。来年が楽しみ。 それにしても、もう大学生の僕の携帯に「いつになったら帰ってくるのよー」と同窓会 で盛り上がっている時にかけてこないでよね、母ちゃん。 |
| 2004. 8.16(月) 短いお盆休みも明日で終わり。玉名に住む叔母の一家が里帰りでやってきていたの で、明日、その車に乗って玉名まで乗せていってもらうことにしていた。そこで、高校時 代のぼくからイメージチェンジを図るために、髪の毛をカラーリングすることにした。と言っ ても、金髪やぎんぎんの茶髪にはできないので、軽めの茶色に染めることに・・・ 頭のことに関しては、ヘアメイクアップアーティストを目指す妹の麻子である。卒業式の 丸刈りの時もやってもらったが、今回も麻子に頼んだ。と言うわけで、ちょっぴりイメージ チェンジした僕で〜す。 |
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| 染髪液をつけているところ | カラーリングが終わった僕の髪の毛 |
| 2004. 8.10(火) うちの母ちゃんは相変わらず懸賞に応募するのが好きだ。たいした賞品でもないのに 当たったりするとバカみたいに喜んでいる。ところが、西日本新聞の「ホークス応援キャ ンペーン」に応募していたら、福岡ドームの内野指定席ペアチケットが当たったと、僕に 連絡してきた。要するに僕に付いてこい、ということらしい。 よく考えると、テレビではよく見ている福岡ドームだが、ホークスの公式戦は一度も見 に行ったことはない。かろうじて、福岡ドームが完成した年のファン感謝デーに連れて行 ってもらったぐらいだ。僕が保育園か小学校1年生ぐらいのときだ。 |
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まー、ここは母ちゃん孝行で付いていってやる ことにした。どうせ応援するなら勝った方がいい に決まってる。それで、写真のようなメガホンと ジェット風船、そして必勝祈願のお弁当などを買 いこんで、球場内に入る。 ←結果はこのメガホンをクリックしてね。 |
| 2004. 8. 9(月) 実家からは「いつ帰ってくるの?」と矢の催促。本当は、ずっとアパートにいたいのだ けれどそうもいかないし、10日(火)は福岡ドームのペアチケットが当たったから、付いて きなさい、との母ちゃんの命令に仕方なく従うために昨日帰ってきた。晩ご飯は、ふだん あまり作らないらしいトンカツだった。「あんたが食べたいだろうと思ってトンカツにしたと よ」と言う。「僕はちゃんと生協でバランスよく食べてるよ」。 で、今日は高校まで一緒だった中尾君と、中学校までバドミントン部で一緒だった秋 山くんの3人で食事をしに行くことになった。この前、卒業式で別れたばかりなのに、も うずっと合っていないような気もする。今夜はうんと食べて、うんと話してこよう。そして、 明日は福岡ドームだーーー。 |
| 2004. 7.29(木) 大変ご無沙汰しております。更新しなければとは思いながら、一人暮らしの気ままさ と、生来のものぐささで、写真を撮ったり母ちゃんに送ったりという作業をズルしておりま して、母ちゃんから「いいかげんにデータを送らんと、生活費を送っちゃらんけんね」と脅 されかけておりまする。 と言われながら、約3ヶ月ぶりの帰省なのにまったく手みやげなしで帰ってきてしまっ た。今回の帰省は、昨年の大運動会直前に心臓が苦しくなって、聖マリア病院に一泊 入院をした。そのときに担当の医師から「来年大学に入って、激しい運動を再開するよ うなら、その前に精密検査を受けるように」と言われていた。それなのに、大学に入学 した途端、バドミントン部に入部してしまったものだから、また体調がおかしくなってしま った。 それで、今回担当の医師の当番の日に合わせて予約を取ってもらっていたというわ けだ。心電図・超音波・レントゲン・血液などの検査をして田代先生の診察を受ける。結 果は、とりあえず問題ないけれども、今度は「トレッドミル」というウォーキングマシンで 15分ぐらい歩いてから最終判断をしましょうということになった。夏休みの間は学生な どの受診が多いだろうからということで、9/2に予約を取った。 ということで、高校生以下はすでに夏休みに入っているというのにというのに、大学生 の僕は補講やら試験やらでまた熊本に帰らなければならない。明日の補講に間に合 うように、今晩帰ることにして、ちょっとうとうとと油断したスキに母ちゃんに撮られた不 覚の2枚。 |
| 大学に入学以来 のばし放題の頭髪。 これでも、今日カット してきたんだけど・・ 坊主とどっちがいい。 |
| 2004. 5. 5(水・子供の日) 大学生になって、ページの更新がなかなかできなくなったこと、まずごめんなさい。高 校生に比べて格段に忙しくなったこと(部活・自動車学校・もちろんたまには食事の用 意etc.)で、つい更新が後回しになってしまう。その上写真も今までは母ちゃんが撮って くれていたのだが、これからは自分で撮らなくてはならないので、それも更新を鈍らせ ている理由のひとつである。まー、そんないいわけはこの辺にして・・・ やはり、一週間もの大型連休にひとりアパートにいるのは侘びしい。で、まず玉名に 住む叔母(母の妹)の家に立ち寄り、従弟たち(高二と中二)とゲームなどに興じ、5月3 日に我が家に帰ってきた。やっぱりいいなー、家は。だって、なーんにもしなくていいん だもん。だけど、いろいろと口うるさく注意をされる。まー、家に帰ったときぐらいガマン、 ガマン。 そして、帰省にあたり僕はたーっくさんの荷物も一緒に持ってきた。まず、高校にバド ミントンをしに行くためにバドミントンの道具一式が入っているバッグ、そしてもう一つが 製図板。これは何のためか、っていうと、この連休の宿題をするため。大学に入ってま でなんで宿題?と思われるだろうが、要するに力試しみたいなものだ。その内容は、自 分の部屋を製図用紙に描いて、それに切り込みを入れて立体的に組み立てるというも のだ。 |
| これが製図板と製図道具である。専門家が使うも のだから、けっこう高かった。家での宿題用に必要 な製図板(505mm×685mm)が29,400円、製図道具 が14,175円もした。だけど、小さい頃から大工道具 などに目がなかった僕にすれば、最高級のおもちゃ を与えられたようで、とーってもうれしい。 |
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| 製図中です。 | 左で製図したものを切り取って組立中 |
| そんでもって、できあがったのが、左の模型。 . 左下がベッド、右側が上から机・引き出し・本棚とな っている。一番下の角にテレビがあるのだが、それ を立体的にうまく表現できない。 建築家の卵としてはまだまだである。だけど、こん な宿題ならすきだからどんどん出ても大丈でである。 |
| だけど、こんな宿題を家に持って帰ってやっていたら、「宿題は自分の家でかたずけ てきなさい。実家にまで持ってくるな」と言われてしまった。「HPのネタ作りに持ってか えってきてやったのに、ぶつぶつ。 |
| 2004. 4. 4(日) 合格発表からたったの2週間で今日の入学式である。引っ越しが完了したのが、4/1 で、家の中はまだ片づいていないし、足りないものもたくさんあるが、とりあえず、最小限 生活できるだけのものはそろえたし、時間はたっぷりあるから、これからぼちぼちそろえ ていくことにしよう。 ところで、入学式といえば、今までは学校の講堂か体育館、というのが相場だった。当 然大学だから、おっきな講堂があるだろうからそこであると思っていたら、母ちゃんが、 「入学式は県立劇場であるとよ」と言う。「えっ、それどこ?どげんして行くと?」とあわて る僕に、「入学式当日に大学に行ったら、先輩達がちゃんと連れてってくれる、って案内 に書いてあったわよ」と言う。よかったー。 それで、今日は余裕の、(でもないか、洗濯物を干す時間がなかった)入学式出席とな った。大学から歩いて20〜30分程度の所に県立劇場はある。メインのコンサートホール とサブの舞台ホールがある。ほとんどの新入生はメインのホールに入ったが、入りきれ なかった生徒や保護者はサブのホールに案内されていたらしい。 当然、物好きの母ちゃんも入学式に合わせて、出てきていた。サブのホールに通され て、ステージの上では何にもあっていないのに、スクリーンに映った学長や新入生代表 を見て、「これどこであってるの?まさか、別の日に収録されたものを放映しているだけ、 とか」って僕にメールで聞いてくる。だから、本物はメインのホールであっているものを、 サブのホールやロビーに居る人たちにもリアルタイムで見てもらえるように、ビデオカメ ラで撮影して流してるんだよ、と教えてあげた。「なーんだ、本物を見られなくて損した」と ふくれている。 4/1から全国の国立大学は「国立大学法人」となった。楽章の式辞の中でもそのこと について述べられていた。大学にとって僕らは「お客」であり「商品」でもあるんだと。大 学生活の中でいかに付加価値を学生につけて世の中に送りだすか。それによって大学 の評価が高まってくるだろうし、財政的にも厳しい大学の経営のために、スポンサーを 獲得しなければならないのだと。僕らはその一期生というわけだ。まだ、大学というもの がどんなものかはわからないが、精一杯自分なりにやっていこうと思う。 |
![]() 県立劇場の桜も満開 |
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| 入学式場の看板の前で |
| 県立劇場での入学式が終わって、大学に戻ってきた。学部・学科・系列まで細分化されて説明 があった。熊本大学は北地区は結構古い建物だが、南地区はごく最近竣工したものを含み、平 成になってから立てられたものが多い。ということは、とてもきれいな校舎で勉強できるということ だ。 |
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| 工学部研究棟 | 熊本大学黒髪南地区(理・工学部) |
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そして、今日は僕の19才の誕生日。去年はメー ルがきたり、プレゼントもらったりしたけど、今年は さすがにみんな自分のことに忙しくて、他人の誕 生日どころではなかったらしい。 我が家の恒例行事も、主役の僕がいなくっちゃ 何にもできないというわけで、こんなシュートケー キで、僕の誕生日を済ませたらしい。 |
| 2004. 4, 1(木) いよいよ、今日4月1日を機に僕の一人ぐらいが 始まる。合格発表の翌日(3/22)、熊本大学生協で 適当な物件をたくさんの中から探し、大学へもほど 近く(自転車で約5分)、近所には商店街もあり、と ても便利なところにあるアパートに決定。 昨日と今日にかけて荷物を運び入れて、引っ越し |
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| 完了。写真が僕の住むアパートである。この写真をクリックすると・・・ . |