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from 2003. 7.26
高校生になった
あさこの部屋

 2年前に開設した「あさこのへや」も昨年度末をもって2つのページが終わり
ました。そして、この春高校に進学するのを機に、今までの「あさこのへや」か
ら「あさこの部屋」にちょっとだけ大人っぽくリニューアルしてみました。

 一週間後の4/8(火)はいよいよ、高校の入学式です。小・中学校に続きまた
お兄ちゃんと同じ学校です。だけど、大学はきっと別々のところに行くでしょう
から、この1年間だけがお兄ちゃんとの最後の高校生活となります。

 お兄ちゃんは「学校では親しく声をかけたらいかんぞ」と、えらそうに言いま
す。「だれが、声なんかかけてやるもんか」。

 と言うわけで、高校生になった「あさこの部屋」をこれからこまめに更新して
いきますので、アクセスよろしくおねがいしま〜す。それから、不肖の兄貴の
ページ(崇弘の部屋)も時々見てやってください。
                                     (2003. 4. 1 記)

           平成15年度 明善高校マラソン大会(2004. 2. 6)

    『平成15年度 九州高等学校生徒理科研究発表大会』 (2004. 2. 1)
                         
              ホウサイラン生育日記(2004. 1. 7〜)


            筑後地区高校書道展のページへ(2003.12.28〜12.21)

         平成15年度 福岡県生徒生物部発表大会(2003.12. 7)

             高文祭書道部門筑後地区大会(2003. 9.23)

           平成15年度 明善高校文化部発表会(2003. 6.12) 

「あさこのへや」その1へ
(2001. 3.11〜2002.4.14) 【中二】

「あさこのへや」その2へ
(2002. 5.26〜2003. 3.20) 【中三】

「あさこのへや」その4へ
(2004. 4. 6〜2005. 3.31) 【高二】


   2004. 3.19(金)

 今日は1年間の終了式。あっという間の1年だった。担任の白水先生もおもしろかった
し、副担任の隈先生もなんともいえないキャラの持ち主だった。そんな二人にクラス全員
から感謝の色紙を渡そうと、こっそり画策していた。その色紙の中央には、クラス全員の
写真を入れようと、先生達に内緒で撮影した。その写真をみんなが欲しいというので、下
に貼りつけることにした。写真をクリックすると拡大した写真が出てくるので、それをダウ
ンロードするなり、プリントアウトするなり、ご自由にどうぞ。

 そして、この1年間、勉強はまったくだめだった私が、兄ちゃんが1度ももらえなかった
「1ヶ年皆勤賞」をもらった。皆勤を3年間続けると、賞状を3枚と広辞苑がもらえるという
ことになる。まず、1年目は突破だ。せめて皆勤賞ぐらいはもらわないと、私が明善に在
籍した証がのこらないもんねー。この皆勤賞の賞状もクリックすると拡大写真が見られま
す。
1−3最後の全員集合写真     . 1ヶ年皆勤賞の賞状
1−3最後の全員集合写真 1ヶ年皆勤賞の賞状

   2004. 3.18(木)

 今年のホワイトデーは、私からプレゼントする
ものはあっても、もらえるものはないと思ってい
たが、ちゃんと用意してきていた人がいた。

 その人は、2年生の三宅先輩だ。三宅君が、
卒業式でよむ送辞を清書してあげた御礼にと、
私にプレゼントをくれたのだ。右のバラの形をし
たピンクのマシュマロ。三宅君って、結構女心
三宅先輩からもらったマシュマロ
をつかんでるじゃん。去年、卒業式と入学式に清書をしてあげた、うちの兄貴なんか、
プレゼントしようと思う、なんてHPに書いておきながら、なーんにもくれなかったもんね。
でも、時々宿題やテスト前の問題を見てもらってるから、それでおあいこかな・・・
.
白水先生からもらった、クラスマッチ優勝のご褒美   そして、先日のクラスマッチで男女と
 も優秀な成績を上げたご褒美に、担任
 の白水先生から、左のようなマーカー
 をもらった。1人にはこれ1本だが、40
 人全員に配ったら、4,000円になる。毎
 学期、私たちが強いものだから、先生 
も大変だったね。でも、まったく勝てないクラスもあるんだから、それよりは、少々お金が
かかっても、私たちは先生孝行をしてあげたと思うよー。

   2004. 3.15(月)

 2/14のバレンタインデーのことを書いていなかったが、実はクラスの女の子から、いろん
なお菓子やチョコレートをプレゼントにもらっていた。なんで女の子なのに同じ女の子から
バレンタインのプレゼント?と思われるかもしれないが、要するに仲のいい友達にプレゼン
ト交換って感じでもらっていた。なのに、私はまったくみんなにプレゼントすることを考えて
なくて、一ヶ月後の「ホワイトデー」にお返しをしようと決めていた。
ホワイトデーでクラスの女の子にプレゼントするスイートポテト   今年のホワイトデーは日曜日となって
 しまった。それで、昨日の夕方からサツ
 マイモを買い出しに行って、スイートポ
 テトを作り始めた。

  お店で売っているスイートポテトは、
 おいしそうな焼き色がついている。とこ
 ろが、最初に焼き上がったものは、まっ
 たく焼き色のついていない黄色いだけ
 のスイートポテトだった。

  その原因は、焼き色を付けるために
 上に塗る卵黄に卵白も混ぜてしまった
からだった。それで、その上からもう一度卵黄だけ塗ってオーブントースターで焼いたら、
ほーらこのとおり、おいしそうなスイートポテトが出来上がり。母が、1個80円ぐらいで売っ
たら、というので、うーんと謙遜して「50円ぐらいだよ」と言ったら、またまたそこで母が本領
発揮。「今日、何個作ったの?」「30個ぐらい」「じゃあ、今日これを作るのにかかった時間
が約3時間、売り上げが1,500円なら、材料費抜きにして1時間当たり500円じゃない」など
と夢のないことを言う。だけど、当たってるー。作るのに大変な思いをしたから、みんなへの
プレゼントの重みがあるけど、お金を稼ぐって大変なことなんだなー、と思った。

   2004. 3.12(金)

 昨日は雨の予報だったけど、開会式の時だけ雨(だから、開会式は体育館でありました)
で、あとは何とか雨が降らずに、クラスマッチも無事終わった。1年3組の一員としても、生
徒会の役員としても、とりあえず区切りのクラスマッチだった。

 まず、ハチマキの話。やっぱりうちのクラスのハチマキ垢抜けてたねー。手間をかけただ
けあった、ってもんだ。ハチマキを作ってないクラスもあったし、1年間、同じはちまきをつ
けてたクラスもあった。そういう意味では、私たちのクラスはいろいろとあったけど、最後
にはまとまってたなー、と思うね。
最後のクラスマッチでの1の3の女子全員   最初はなかなかとけ込め
 なかったこのクラスも、1年
 経つと、とてもナイスなクラス
 になった。

  そして、最後のクラスマッチ
 は、ハチマキ作りもドッジボ
 ールも頑張って、最高のフィ
 ナーレだった。

  そんな1年3組女子全員の
 勇姿、ここにあり。

男子、サッカー優勝で表彰される ドッジボール準優勝で表彰される女子Bチーム
男子、サッカー優勝で表彰される高橋くん ドッジボール準優勝で表彰される女子Bの田打さん
 そして、結果は、男子がサッカーで準優勝。女子Aがドッジボールで優勝だー。でも、私
のBチームは予選落ちだったけど(-.-)。で、よーく考えると、この3組というクラスは、入学
直後から、いろんな競争でなにがしかの賞状をもらってたなー、と思う。まず、5月の「規律
と友情の体験学習」で行われた「集団行動コンクール」で男子が3位、そしてクラス一丸と
なって戦った「綱引き」で優勝。
     (それぞれの賞状の写真をクリックすると拡大(700×525ピクセル)写真が見られます)
03.05,08「規律と友情の体験学習」の集団行動コンクールで男子3位
03.05,08「規律と友情の体験学習」
集団行動コンクールで男子3位
03.05,08「規律と友情の体験」綱引き大会で優勝
03.05,08「規律と友情の体験」
綱引き大会で優勝
 1学期のクラスマッチでは、男子Aがバスケットボールで2位、男子Bが同じく3位という、
優勝までにあと一歩という成績、そして、女子は上位入賞ができなかった。
03.07.09男子Aバスケットボールで2位
03.07.09男子Aバスケットで2位
03.07.09男子Bバスケットボールで3位
03.07.09男子Bバスケットで3位
 2学期は念願の優勝。男子Bがソフトボールで優勝さー。女子もその勢いに乗って、
女子Bがバレーボールで準優勝。当然、私も準優勝に貢献したよ。
03.12.09男子Bソフトボールで優勝
03.12.09男子Bソフトボールで優勝
03.12.09女子Bバレーボールで2位
03.12.09女子Bバレーボールで2位
 1年生最後のクラスマッチ。とうとう女子は念願の優勝(ドッジボール)。男子はサッカー
だから、1チームで、準優勝。だけど、こうして見たら3組って、めちゃくちゃ体育会系
この1年間、賞状を1枚も取ってないクラスもあるらしい。それに比べたら、我が3組は、
8枚。だけど、2年になったらみんなばらばらになるから、賞状を分けるわけにはいかな
いし、きっと白水先生が保管っていうことになるんだろう。それで、みんなが見られるよ
うに、HPにアップして欲しいという、依頼に応えて、アップしましたよ。みんな見てねー。
04.03.11男子サッカーで2位
04.03.11男子サッカーで2位
04.03.11女子Aドッジボールで優勝
04.03.11女子Aドッジボールで優勝


   2004. 3.11(木)

 3年生を卒業式で追い出したあとは、 
高校入試(3/9)、そしてクラスマッチ。今
日は、今のクラスで最後のクラスマッチ
の日である。今回の種目は、何とドッジ
ボール(小学生じゃないぞー)。

 それよりも、クラスマッチと言えば、ハ
私の名前を刺繍した「三組上等」のハチマキ
チマキである。1学期は女子、2学期は男子が作り、最後の3学期は、女子が総力を結集
して作ることになった。単に布を買ってきてミシンで縫うだけでなく、布に桜の花びらを散ら
して、「三組上等」の金文字を書いて、持主の名前を刺繍して、ミシンで縫い上げるという
いつもより一手間も二手間もかけた傑作である。それを見て母が、「競技だけでなく、ハチ
マキのクラスマッチをやったらいいじゃない」と言う。

 「うん、実は私もそう思ってる」来年度からは、ハチマキ・クラスマッチを本気で提案して
みようと思う。だけど、これを実現するにはいろいろと問題もあるだろう。たとえば、材料費
にいくらぐらいまでお金をかけるのか、とか。その辺をクリアして、競技で勝てないクラスで
もハチマキで優勝できるような、そんなクラスマッチができたらいいなと思う。

   2004. 3. 3(水)

 今日は兄の卒業式である。それに先だって、昨日は表彰式や同窓会入会式があった。
私は1年生だから、これらの式典には参加しなかったけどね。それが終わって、卒業式の
予行があった。私はクラスの代表委員をしているので、これには参加して帰ってきた。

 兄は私よりずっと遅くに帰ってきた。その頭を見たら、なんとなんと五厘刈りになってい
る。今までで一番薄く刈っている。それなのに私に頭を剃ってくれという。高校生最後の
レジスタンス(と、私は思ったね)で、卒業式に臨むんだとさ。大人が起きているとうるさい
から、お父さんとおばあちゃんが寝静まった夜中の11時頃からお風呂場でミッション開始。
私がデザイン(?)して剃り上げた兄の頭   どうせ剃り上げてしまうなら、その前にヘアメ
 イクアーティストを目指す私の技を見せてあげ
 ようと、左のように「ボウリングのピン」の形を
 残して剃り込んでやった。そんな時、私たちの
 悪巧みに気が付いたお母さんがやってきた。

  お母さんも悪のりして、「この頭写真に撮って
 おこう」と言う。それで証拠写真をパチリ。兄は
 止めてくれ、と言ったが、私とお母さんに魅入ら
 れたら終わりさ。
 もちろん、こんな頭で卒業式に臨むわけはなく、このあときれいに剃り上げてやったよ。
今日の卒業式では目立つこと、目立つこと。400人の卒業生の中でも一番目立ってたね。
我が兄貴ながら、あっぱれというかアホというか、親譲りの目立ちたがり屋で、こんな兄貴
との同じ高校での生活がこれで終わりかと思ったら、ちょっぴり寂しかった。

   2004. 2.28(土)

 早いもので、昨年兄が卒業式で送辞 
を述べるというので、その清書をしてあ
げてから、もう1年。

 今年の生徒会長、三宅君から清書を
頼まれてしまった。昨年の兄の原稿は
原稿用紙約6枚だったが、今度はその
半分。清書も楽だったー。今回の原稿
は、三宅君に著作権があるので、この
写真の分だけね。
卒業式で三宅君(生徒会長)が読む送辞

   2004. 2.20(金)

 今日で学年末試験が終わった。「結果は?」なんて野暮なことは聞かない。終わったら
あとは、卒業式、クラスマッチといろんな行事が待っている。勉強なんてかまってられませ
〜ん。
アルページュのハンバーグドリア   今日がテストの最終日ということを知ってい
 たのかどうかわからないが、私が「オペラ座
 の怪人」をまた見たい、と母に頼んでチケット
 を取ってもらったら、何と最前列ど真ん中、と
 いう席が取れた、ということで、今日はテスト
 が終わって福岡へ。

  その前に西鉄久留米駅「味のタウン」の「ア
 ルページュ」で、写真のようなハンバーグドリ
 アを食べて、電車に乗った。

 いつもは、授業が終わって4時ぐらいから電車に乗るので、天神界隈をゆっくりと見る
こともできないが、今日はお昼過ぎに久留米を出たので、福岡に3時ぐらいには到着。
母は、西日本新聞に立ち寄る、と言うので別行動でキャナルに行くことにした。明後日
(23日)で閉店するという、岩田屋にちょっと立ち寄って、天神コアでいろいろ見ていたら
母から携帯に電話がかかる。

 で、コアで待ち合わせて一緒にキャナルに向かう。「晩ご飯はラーメンスタジアムで食
べようか」という母に、「こってりし過ぎだよー」という私の意見を採用して、回転寿司の
お店に決定。そのお店の入り口に「オペラ座の怪人」のチケットの半券をお持ちの方は
10%割引、と書いてあったのが決め手となった。
安いけど、大好きなコーンの軍艦巻き ウニの軍艦巻き メロン水にアロエが浮かんだデザート
安いけど、大好きなコーンの軍艦巻き ウニの軍艦巻き メロン水にアロエが浮かんだデザート

 昨年の9月17日に「オペラ座の怪人」を初めて観て、その舞台のすばらしさに酔ってし
まった私は、また行きたい、と頼んで、今回の最前列での観劇となった。最前列はいい
のだが、あまりに前すぎて、見えないところもある。次は3/28の千秋楽。今度は2階席
だということなので、全体が見渡せていいかもしれない。今回、ちょっとさびしかったアン
コール、千秋楽ではうんと派手なアンコールとスタンディングオベーションが見られるこ
とだろう。

   2004. 2. 6(金)

 ついにやってきた、マラソン大会。自慢ではな
いが、マラソン大会では中学校までは5番から
落ちたことのない私だが、さすがに、高校になっ
て運動をほとんどやっていないことに加えて、こ
の寒さで、風邪を引いて体調最悪。完走するこ
とすら危ぶまれた。

 それに、当日はみぞれまじりで超寒くて、じっと
生徒会役員として開会式に臨んだ麻子
立っているだけでも凍えてきそうだった(写真)。水天宮下から、筑後川河川敷を安武町の
筑後大堰まで往復の、約5キロ走らなければならない。スタート時点で大堰ははるか遠く
にかすんで見えた。

 それでも何とか完走して31位。昨年、一昨年のお兄ちゃんの順位よりはずっといい。あと
1番速かったら、名前が張り出されるところだったのにと言われたが、それは結果論で、私
は一生懸命走ったのだから、それはそれで満足している。

           平成15年度 筑後川河川敷マラソン大会

   2004. 2. 1(日)

 昨年12月の「生徒生物部発表福岡県大会」で福岡県の代表として選ばれて以来、今日
の九州大会まで、先輩のふみかちゃんや園田先生と放課後遅くまで研究やプレゼンの準
備を重ねてきた。特に、最後の一週間はふみかちゃんが風邪を引いて、本当は休まない
といけないいくらいにひどかったのに、ふみかちゃんが休むと、準備がまったく進まなくな
るので、無理して出てきていた。私も風邪の具合がよくなかった。そんな最悪の体調で臨
んだ九州大会。

 今回は、沖縄も含む九州各県から、それぞれ2校ずつの計16校が、前夜の1/31(土)か
ら集い、交流会という名の下に楽しいレクレーションが行われていた。今回は、お兄ちゃん
とばあちゃんから、それぞれにデジカメを借りて、2台体制で撮影するようにしていたのに、
交流会会場にカメラを持ち込むのを忘れて、交流会の楽しい画像は1枚も撮れなかったの
が、とても残念だ。
生徒生物部発表大会の看板の前で   翌日は、佐賀大学で、発表大会が開
 催された。それぞれの県から選りすぐり
 の2校が出場してきているだけあって、
 レベルの高い発表となった。

  もちろん私たちの発表も明善生物部
 が何年もかけて研究を続けてきている
 ものだけに、それなりのものに仕上がっ
 ていたと思う。自慢のパワーポイントも
 ちゃんとできていたし、私たちの成果を
 ネットでお見せできればと思うが、私に
 それだけの技術がないので、「いい発 
表」だったよ。という言葉を信じていただければ幸いである。それから、発表会の様子は
デジカメに撮ってきたが、慣れないデジカメ操作で、ピンぼけだらけ、会場は暗くてよくわ
からない状態の写真ばかりとなってしまった。母に見せたら「下手ねー」と一言で片付け
られてしまった。「そりゃー、あんたみたいに毎日毎日デジカメあつかってりゃー、上手に
なるでしょうよー」と心の中で思ったが、それは言わなかった。

    平成15年度 九州高等学校生徒理科研究発表大会 佐賀大会

   2004. 1.17(土)

 昨日まで、長野に修学旅行に行って 
いた郁佳ちゃんが、おみやげを渡すか
ら、西鉄久留米駅に出ておいで、と言
う。土曜教室が終わってから、郁佳ち
ゃんに会って、写真のような、「りんご
あめ」をもらった。「あめ」より箱の方が
リアルで、本当に宅配便で送られてき
たりんごのようだった。
郁佳ちゃんからおみやげにもらった「りんごあめ」

   2004. 1.15(木)

 今日は博多座に「レ・ミゼラブル」を観劇に行った。博多座はこれで2回目だ。私が小学
校6年生(だったかなー)の時に宝塚歌劇を夏休みに見に行って以来だ。今回の公演は、
主役と準主役が4人のキャストで入れ替わり、その他の配役もアトランダムに出演するこ
ともあって、人気も高く、母が必死でチケットを予約しようとしていたときに、「私も連れて
いって」とお願いして、チケットを取ってもらっていた。
「レ・ミゼラブル」のチケット   博多座夜の公演の開演時間は6時。
 ところが、火曜と木曜は7時間授業で
 終了時刻は5時頃になる。さあ、どうす
 る。

  母にいつものように学校に迎えにき
 てもらって、それからとにかく力の限り
急いで、電車と地下鉄を乗り継いで、劇場(博多座)に着いたのが6時5分。開演5分後だ
った。まー、なんとかぎりぎりセーフという感じで、座席に座って、舞台を見たら、その手前
のオーケストラピットに人がいる。今回のミュージカルはオーケストラの生演奏という豪華
版だ。それにキャストもすごい。お母さんが大ファンの山口祐一郎、今拓哉、森公美子等
そうそうたるメンバーだ。セットもすごかったし、みんな歌もうまかったね。やっぱ12,000円
だけの価値はあると思った。って、これは私が出したわけどゃないけど・・・
「レ・ミゼラブル」の当日のキャスト一覧 博多座玄関の看板

博多座玄関の看板
博多座玄関につり下げられたオブジェ

博多座玄関につり下げられたオブジェ

 博多座に着いたのが、ぎりぎりだったので、明るいうちに余裕をもって写真が撮れなか
った。公演が終わってから撮ったので、暗くてなかなかいい写真は撮れなかったが、何
枚か写真を貼りつけます。さあ、来月と再来月は劇団四季の「オペラ座の怪人」だ。来月
の分は最前列ど真ん中ということなので、とっても楽しみ。再来月は、千秋楽だ。それも
また別の意味で楽しみです。

   2004. 1.11(日)

 今年のお年玉は結構たくさんもらった。で、いろいろと欲しいものがあって、お父さんに
「買って〜」とおねだりしても、どうも無理のようなので、もらったお年玉を持って、一人で
福岡に出かけた。

 いつもは、天神かキャナルあたりにしか行かないので、今日はアウトレットショップを求
めて、マリノアまで行こうと試みたが、結局行き着けずに、いつもの天神(今回は天神コ
ア等)で買い物をする羽目に・・・

 そして、欲しかった真っ白のフード付きジャケットと、ピンヒールの真っ赤なブーツを買っ
てきた。それを家に帰って家族に見せたら、ぼろくそに言われてしまった。
真っ白のフード付きジャケット     . ピンヒールの真っ赤なブーツ
真っ白のフード付きジャケット ピンヒールの真っ赤なブーツ

   2004. 1. 7(水)

 今年もあっという間に明けて、明日からは3学期が始まる。この冬休みの間、ほとんど
勉強もしなかった。テレビと睡眠三昧だった。だけど、そろそろ始動しなければと思い、
昨年末の宿題を片づけることにした。
コウサイランを鉢へ植え替えているところ   ちょうどひと月前(12/7)に北九州で開催さ
 れた、生物の研究成果発表会で、同じく参
 加していた糸島農業高校(残念ながら、県知
 事賞は受賞できなかったが)から、ホウサイ
 ラン(蘭の一種)の苗をもらったのだ。

  たくさんもらった中から、園田先生と郁佳ち
 ゃんと私とで分けて、誰が一番見事な花を咲
 かせることができるのかを競うことになった。
 というわけで、昨年の暮れに久留米の東の端の平田ナーセリーに育て方を習いに行っ
て、必要なもの(素焼きの鉢と水苔)を買ってきた。だけど、買ってきたら安心して、正月は
そのままにしてほったらかしていたので、新学期を前にして植え替えることにした。さあ、
これから、花が咲くまで「ホウサイラン生育日記」をつけていくことにする。

   2003.12.29(月)

 12月7日(日)に開催された「福岡県生徒生物部発表大会」で仲良くなった、糸島農業高
校から、ホウサイランの苗をもらった。園田先生と郁佳ちゃんと3人で苗を分けて、誰が一
番立派に成長させられるかということを競うことになった。
 それで、苗の育て方を教えてもらいに、善導 
寺町の「平田ナーセリー」に行った。副店長さ
んが、「素焼きの鉢に水苔を入れて、その中に
苗を生け変えてください」と言われた。

 広い店内を探して、ようやく見つけた素焼き
の鉢。それを5鉢と、水苔を買って帰った。

 さて、2人に勝てるような立派なランの花を
咲かせることができるでしょうか。
素焼きの鉢を選んでいるところ

   2003.12.24(水)

 今日は2学期の終業式だ。と言っても課外もあるし、授業もある。普通の日と変わらない
のである。だが、普通の日と違うのは、体育館で終業式の行事があって、2学期の間に、
部活などで表彰を受けた人たちを改めて、壇上で紹介するのである。
壮行会でもらった花束(を半分に分けた)   私は、2学期の間に書道で県大会に出場した。そして、
 生物の研究成果発表で、県知事賞をもらった。生物はそ
 れで終わりではなく、九州大会への出場が来年の2月に
 待っている。そういう人たちのための壮行会もある。今回
 は生物部の2人(私と郁佳ちゃん)とバレーボールで福岡
 県からたった3人選抜された中に入った人が1人の計3
 人が壇上で、抱負を述べるのである。

  で、私は次のような抱負を述べた。
 『九州大会では、園田先生と光合成細菌へのあふれん
 ばかりの愛を武器に全力で戦ってきますので、みなさん
 応援よろしくお願いします』と。
  
 受けまくってしまった。兄ちゃんの友達にも、「おまえの妹って・・・」って言われたぞー、と
兄ちゃんから言われてしまった。まー、目立つことはいいことさ。そして、生徒会からもらっ
た花束を郁佳ちゃんと半分に分けて持って帰ってきた。

 そして、今日は三者面談の日だった。3年生は受験があるから全員なのだが、1,2年生
は希望者のみなのに、お母さんが白水先生と世間話がしたくて、申し込んでた。まったく、
はた迷惑な話だ。1時40分に約束だったので、教室に着いたら、まだ前の人がやってい
る。2時を過ぎるようなら私は部活があるから、帰るつもりだったら、5分前に終わったので
教室に入る。

 どうせ、成績が悪いねーと言われると思った。すると、「2年生の理科の選択を化学から
生物に変えたようだけど」と来た。「絶対生物をやりたいんですけど」と言うと、「どこでどう
なったかわからんけど、生物にとても興味を持ちだしたようだね。1学期の面談では専門
学校ということだったが、もしかしたら大学に行って、生物の研究をするという選択肢もで
きてきたんじゃないかな」と言われる。「そうなると文系では行けないから、専門学校という
選択肢も残しながら、理系に変えたらどうかな」と言われる。

 まったく考えていないことだった。数学の苦手な私が理系だなんて。だけど、2年生で習
う数学は理系も文系も同じ物で、ただ進度が違うだけだそうだ。私は理科は嫌いではない
し、それなら、理系という方法もあるかもね、と思った。それで、「じゃー、理系に変えます」
と言うと、私のあまりの変わり身の早さに、先生の目が点になってる。「そんなに急がなく
ても、2,3日考えて、結論を出しなさい。」ったって、もう気持ちは固まってねから、あとは書
類を出すだけさ。だけど、私が生物部に入部した2ヶ月前から、私の運命が少しずつ変わり
始めたような気がする。生物の園田先生との出会い、そして今日の三者面談、もしかした
ら、化学の白井先生、いやいやパソコン準備室の先生たちみんなで、私を理系に変更させ
ようという、壮大な(?)プロジェクトが動き出したのではないかと。こんなの考え過ぎか。

 で、今日はクリスマスイブ。ぜーんぶ、外から買った来た料理で埋め尽くされたテーブル。
ケーキを食べて、おなかいっぱいになったら、眠くなってきた。するとお母さんが「いちご大
福を作るって言うたけん材料を買ってきたのに」と言う。だから、それから作り始めた。これ
も家庭科の時間に習った、電子レンジで作るいちご大福。そういえば、私が小学校1年の
時、担任の先生が作ってきてくれていたのを思い出した。あの先生どうしてるかな。
苦労してようやくできたいちご大福  夜中の1時ぐら 
 いまでかかって
 作った。大福。

 なかなかうまく
 できなかったが
 初めてという
 ことで、おまけ
 してね。
いちご大福拡大版

   2003.12.21(日)
県大会で書いた創作文字「慮」   18日(木)から、石橋文化ホールで開
 催されている「平成15年度 筑後地区
 高校書道展」を見に行ってきた。昨日
 も郁佳ちゃんと行ってきたのだが、米
 斎(村石)先生が、書道部の作品や、会
 場の様子を写真に撮ってきて欲しいと
 と言われたので、今日お母さんと行っ
 てきた。

  筑後地区高校書道展のページへ

 お母さんが腕が上がらないという。きっと「五十肩」とか言われるやつでしょ、と言ったら
、「私はまだ40代よ」と言う。年はあまり関係ないと思うけどね。だから、車に乗ると助手
席のカギも左手を伸ばして満足に開けられない。その上、先週バイクの事故でケガした
左足首も、立っていると痛いのだそうだ。

 それで、今晩は私が夕食の用意をすることになった。だけど、レパートリーの少ない私
は何をしていいか迷ったあげく、学校の家庭科の調理実習の時間に習った「鶏肉のハン
ガリー煮」を作ることにした。白ワインも入れて、本格的に作ったよ。写真は私がワイン
のコルクをあけているところと、出来上がった料理です。
白ワインのコルクを抜いているところ     . 出来上がった「鶏肉のハンガリー煮」

   2003.12.17(水)                        .

 得意の似顔絵を描いた。しかし、あまり似すぎているので、誰だかすぐわかってしまう。
ということで、あまり似ていない似顔絵を、現在描いている。今しばらくお待ちください。

   2003.12.11(木)

 期末テストも全部返ってきた。中間テストで「赤点」だった英語を重点的に特訓しようと、
英語科の先生が、特別メニューでプログラムを組んでくださった。その名も「EIプログラム」
(English basic ability improving program)。毎週週末に宿題(主に予習)をやってきたかをチ
ェックするものである。そのための、チェックシートを下に貼りつけておきます。
EIプログラム(グラマー用)
EIプログラム(グラマー用)
EIプログラム(リーダー用)
EIプログラム(リーダー用)

   2003.12.10(水)

 前日のクラスマッチで、「準完全優勝」を成し遂げた3組。私たちも喜んだが、何よりも担任
の白水先生の喜びようったらなかったね。1学期はまったくだめだったので、「何か食事をお
ごってください」とたのんでも、「ダメ」って断られていたけど、今回は、先生もよほどうれしか
ったらしく、下のような文具を私たち全員に買ってくれた。きっと一人あたり300円はしてると
思うなー。だけど、先生は私たちを小学生と勘違いしてるんじゃないのかなー。
大学ノート お名前シール ミッフィーの2ウェイマジック
大学ノート お名前シール ミッフィーの2ウェイマジック

   2003.12. 9(火)

 今日は2学期のクラスマッチだった。1学期のリベンジ 
果たすべく、男女とも今日の戦いに臨んだもんね。そし
て、今回のハチマキ(右)とミサンガ(単なる三つ編みと言
う声もあるが)はクラスの男子が作ってくれた。
男子が作ってくれたハチマキ
男子が作ってくれたミサンガ   結果は、男子のソフトボールが優勝、女子のバレーボ
 ールが準優勝と、男女完全優勝は逃したが、まー満足
 のいく成績を収めることができた。

  男子も慣れない裁縫で苦労したようだ。だけど、その
 苦労の成果が今日の勝利に結びついたのだと思う。そ
 して私は、生徒会の役員もしているので、そちらの方で
 も、大変だったが、とりあえず終わってほっとしている。

   2003.12. 7(日)

 この一ヶ月間頑張った、生物の県大会。たった 
2人だったけど、息もぴったりの二人だから、予想
もしなかった県知事賞をゲット。これで終わりだと
思っていたのに、来年2月1日に佐賀大学で開か
れる九州大会への出場が決定した。
詳しいことは、下記をクリックしてください。
 
 平成15年度福岡県生徒生物部発表大会

県知事賞の賞状を持つ私と郁佳ちゃん

   2003.12. 4(木)

 福岡県高等学校生徒生物部発表会を3日後にひかえ、最終調整に頑張っているところへ
お母さんから、「今日、小郡のイルミネーションを見に行かない?」と電話があった。「部活
が7時ぐらいまでかかるけど」と言うと、「じゃー、そのころに迎えにくるから」と言う。
 
 だけど、ちょっと早めにやってきたお母さん。生物部
室で園田先生と話し、パソコン室にやってきた。先輩
の郁佳ちゃん(写真左)と一生懸命パワーポイントで、
当日の資料を作っているところへ。

 パワーポイントがあつかえないお母さんは、隣の部
屋で、I先生やK先生といろいろ話している。今日作っ
た資料を保存するメディアでごたごたしたが、ネットワ
 
先輩(2年生)の大場郁佳さん
ークを通じてMOに保存できた。あと少しで完成だ。時間も予定の7時を過ぎたので、今
からイルミネーションを見に行くことにした。
                 小郡・大刀洗のイルミネーション 

   2003.11.27(木)

 明日で、2学期の期末考査が終わる。今回も驚くほど勉強をしなかった。自分でもテスト
の時ぐらいは勉強しなくちゃ、と思うのだがそれができない。まず、Wカップバレーボールが
悪い。ちょうど、勉強タイムに放送がある。その上、夜中の12時頃に「スポルト」(あの、歌が
ド下手な内田恭子アナが出ている)でダイジェスト版があるから、これも見てしまう。すると、
もう勉強する気がなくなってしまうのだ。今日みたいに、放送がない日は夜勉強ししようと、
夕方から睡眠をたっぷりとってしまって、目が覚めたらけっこういい時間になっている。それ
に木曜夜10時は、母ご推薦の「白い巨塔」がある。最初は冷やかしのつもりで見ていたが、
これが結構おもしろい。私は医学部には絶対行かないが、医学部志望の人には必見であ
る。おもしろいよー。25年も前の原作なんて思えないほど、リアルだから。

 ところで、今回の期末テストでは、母から絶対に赤点だけは取らないで、と約束させられて
いたのに、また取ってしまったようだ。今回は数学。兄に言わせたら、高一の数学なんて中
学校の延長じゃないか、という。だけどそれが苦手な私はどうしても、点数が取れない。だけ
ど、前回赤点だった英語は何とか赤点脱出できたようだ。ちゃんと予習さえやれば、点数は
取れるということがわかった。そのことを母に言うと「だから、毎日少しずつやればいいのに」
と言われてしまったが、「それができたらあんたの娘じゃないでしょ」と返してやった。すると
母も「そうね、お母さんだって、毎回赤点すれすれのところで卒業してきたんだから」と素直
に認めてくれた。あー、明日でテストが終わったら、もう12月だ〜〜〜。

   2003.11,20(木)

 書道部の先輩、郁佳ちゃんは将来解剖医になりたい、というちょっと変わった女性だ。だ
から、書道部の他に生物部にも所属していて、日々研究に精を出している。そんな先輩に
誘われて、というか部員がたったひとりなので寂しいから「入部せんね」と強制連行で生物
部に入部させられてしまった。だいたい、私は2年になっても生物は選択しないのに、何と
なくわけがわからないうちに、書道部とかけもちとなってしまったわけだ。
資料用に撮った試験管   12/7(日)に北九州で生物部門の県大会が開
 催される。今、そのための研究発表レポートを
 作成中だ。

  もちろんパソコンで作成する。大会の前に審
 査員に見てもらう資料はワードで作って、デジ
 カメで撮った写真を挿入する。本番用には、パ
 ワーポイントで作る予定だ。

  とにかく、大会本番までは書道やスイミングど
 ころではなくなった。

   2003.11.12(水)                                      .
 お母さんが作るお弁当は、いつ手抜きで冷凍 
食品がいっぱい入っているから、私はいやだと
言うのに、それでも、毎日同じようなお弁当だ。

 だから、サンドイッチを作ってよ、と頼んでいた
ら久しぶりにパンが売っていたとかで、今朝は
こんなサンドイッチを作ってくれた。これなら手作
り感いっぱいで、みんなにも自慢して見せられる
よ。今日もパンを買ってきているようだし、明日
もまたサンドイッチだー。
お母さん手作りのサンドイッチ

   2003.11 8(土)
                                                  .
福岡6区自民党候補を応援する大仁田厚さん   普段は、学校から帰ってきて家での勉強はほとんどやらない
 のだけれど、休みの日は、書道部の先輩のふみかちゃんと「マ
 ック(マクドナルド)」や「ジョイフル」で終日(or半日)勉強している
 というか、ふみかちゃんに教えてもらっている。

 で、夕方6時頃、西鉄久留米駅前がざわついてきた。何かな?
と思ったら、プロレスラーというか、自民党参議院議員の大仁田厚が、明日の衆議院総
選挙福岡6区に立候補している「R・A」候補の応援演説に来るという。

 私はあんまり興味なかったが、ふみかちゃんが「見ていこうよ」と言うので、7時半まで
待って見ていくことにした。そのことをお母さんにメールで伝えたら、ちゃんと写真に撮っ
てくるように、とメールが来た。

 たくさんの観衆がいて、そのうえ暗いのでなかなかきれいに撮れない。それで、画像の
きれいなやつでも撮った。結局、写真を撮るのに必死で、大仁田さんも候補も何を言って
いるのかわからない。

 で、家に帰って画像をお母さんに見せたら、「いっちょんわからんやんね。へたくそやね
ー」と言われてしまった。その中で唯一まともに撮れている画像を、お母さんのパソコン
に送ろうとしたら、撮影モードの関係で送れない。結局、何とか見られるのが、この写真
1枚だけという惨敗だ。

 私の携帯はDoCoMoの「N504iS」だ。500シリーズで初めてカメラが付いたのがこの機
種だったので、機能的にはまだまだなのだ。メモリーカードも付いていないので、PCへ
のデータ取り込みもできない。というわけで、お母さんから「だからダメなのよね、携帯に
付いているカメラは」と言われてしまった。「そりゃあ、そうでしょうよ。お母さんみたいに
いつもいつもあんな重いカメラは持ち歩いていませんよー」だ。

   2003.10.29(水)                                     .
 忘れていた頃に、お母さんが「明日はキダム 
だからね」と行った。そう言えば、私が高校受験
の推薦合格が決まった頃に、チケットを申し込ん
でいたような気がする。

      キダムのホームページ

 詳しいことは、上記HPを見てもらうとして、見終
わってから撮ったこの写真。わたしの足が長く見
えるでしょ。だって、私だけ台に乗ってるんだも
ん。
キダムの看板の前で記念撮影

   2003.10.25(土)

 今日は、高文祭書道部門の福岡県大会だった。1年生の私と、2年生の郁佳ちゃんと、
3年生の紀美ちゃんの3人が出場することになったことは、地区大会の日に決定してい
た。で、今日は朝6時20分の安武発の電車に乗って、西鉄久留米で2人の先輩と明善
書道部顧問のM先生(米斎)の車で、会場の太宰府高校に向かった。運動の大会じゃな
いんだぜ、と言いたくなるような朝の早さだった。

 で、M先生の車に乗って、楽々の会場入り。今日は気楽な気持ちで書いたさ。結果は
今日はわからない。先生方が、残って審査をされるそうだ。M先生がそれを見届けてく
るそうで、私達3人はバス停に向かって歩き出したところへ、いいもの発見。お母さんの
車だ。さっそく3人ともそれに乗り込み、おなかすいたので途中にあった「ゆめタウン筑紫
野店」でオムライスを食べた。その後、デザート代わりにソフトクリームを食べて(写真)、
一路久留米へ。
書道部の美女(?)3人娘   朝が早かったので、車の中で眠くて
 眠くて。先輩達はお母さんといろいろ
 話していたのはわかっていたが、そん
 な元気も出ない。

  西鉄久留米で、先輩達を降ろしたの
 は覚えていたが、その後は爆睡。家
 にたどり着いたら、そのままベッドへ
 直行。

  さあ、結果はどうなるか。だけど、九
 州大会が佐賀で、全国大会が徳島っ
 ていうのが、いまいちねー・・・

   2003.10.12(日)

 3連休の中日。金曜日の夜から、日田の友達がとなりに(おばあちゃんが住んでいる)遊
びにやってきていたが、その子も帰って、ヒマになっていた。するとお母さんが、北野町の
コスモスを見に行く、と言う。すかさず「私も連れてってー」と言ったら、「車で行くと混むか
ら、バイクで行くからダメ」と言うのを、強引について行くことに成功。
お母さんが撮った一押しのコスモスの写真   車を停めるところがあるかなー、と捜しつつ、
 北野天満宮にたどり着いたら、上手い具合に
 境内に停めることが出来た。

  お参りをしていこうと言うことになって、お賽
 銭を財布の中に捜したら、5円が見つからな
 い。もったいなかったが10円を入れてきた。お
 母さんは、ちゃっかり5円しか入れてなかった
 ような・・・
 お参りしている私とお参りを終えて、境内から出てきている私。
北野天満宮で鐘をならしている私 北野天満宮で拝んでいる私 境内を歩く私

 お母さんの目的はコスモスの撮影だから、
三脚を持ったり、カメラバッグを持ってあげ
たりと、いろいろ手伝いはしたけれど、とに
かく暑くて、「なんとかならないの」って気候
だったよ。だけど、あんまり飲み物なんかは
売ってなくて、「豚汁」が売っていたのには
驚いたね。あんなに暑くて売れるんだろう
か。と、そんなところに「昔懐かしアイスクリ
ーム」があったので、即買っちゃいました。
私はグレープ、お母さんは玉子のアイス。
グレープアイスを食べる私
 このコスモス街道は、全長4キロぐらいあるらしいんだけれど、あんな暑い日に4キロも
歩けるか、って感じで、お母さんもコスモスの写真をかなり撮ったらしくて、目的達成。今
度来るときは自転車に乗って回らないとね。そういえば、ここはレンタサイクルもあるらし
い。
「コーヒーフラペチーノ」を飲んでる私   で、今夜の食事の用意が私に回ってきたの
 で、帰りに「ゆめタウン」に寄っていろいろと買
 い物をした。(って、ピザやお寿司だけどね)

  やっぱり、休みの日はお客さんでごった返し
 いる。サンダルを買って欲しかったのだが、
 もう、ブーツが出てきているのに、サンダルが
 あるはずがないので、あきらめた。
 それで、「スターバックスコーヒー」で、冷たいものを飲んでいこうということになり、どれ
にしようか、と選んでいたら、お母さんが「コーヒーフラペチーノよ」と言う。なーんだ、一番
安いヤツじゃないか。たくさん並んでるし、商品受渡しは別の窓口になっている。

 だけど、いつもお客さんがあふれているお店だけあって、「コーヒーフラペチーノ」おいし
かったなー。今度は友達と行こうと思ったね。


   2003.10. 6(月)

 小学1年生(正確に言えば、小学校に入学する前の1月)から続けてきた日本習字。こん
なに続くとは思わなかったし、もっと長く続けていきたいと思った。だけど、週に一回の練習
に行くのがかなり難しくなってきた。
小学1年生(平成6年5月)の時、初めて提出した作品
 ←小学1年生(平成6年5月)の時、初めて提出した作品
        

  高校に入っても、頑張って習字に通っていたが、学校の
 終わる時間が遅い上に、習字の教室の近くは痴漢が出
 やすいからと家族が大騒ぎして、迎えにきたりする。

  そんなこともウザくなって、ちょうど9月いっぱいで区切り
 も良かったので、日本習字を止めることにした。

  それで、秋山先生は、「練習は学校の部活でやって、
 作品だけ毎月提出したらいいじゃないの」と言う。今、準
 三段なので、何とか三段までは取得したい。というわけで
 先生の提案通り、作品提出だけやることにした。
小学6年生の新年揮毫会で書いた作品(「観峰賞」をもらった) 
小学校6年生の時の日本習字作品
 習字を始めてちょうど10年になる。2年前に止めたスイミングも、保育園 
の頃から続けていたので、約10年だった。私にとっては、おけいこ事は、
10年というのが目安になっているようだ。

 まー、どちらもそれなりに、それなりの結果は出したのではないかと思う。
特に、習字は書道に形を変えてこれからも頑張っていきたいと思う。

 と言うわけで、今まで日本習字で練習してきた作品をお母さんが残して
いたんだけど、一番最初の作品が写真左上の「うり」である。こんなに下手
くそだったのが、5年後(小6)には写真右上のようになり、最終的に、小児
師範の免許を取得した中学生最後の作品は写真右のようになった。
これを見れば、やはり「継続は力なり」と思う。それぞれの写真をクリックす
ると拡大写真が見られるので、見てね。

            中学3年(昨年)の時の新年揮毫会の作品(「金賞」でした) 
中学3年生(昨年)の時の日本習字の作品

   2003. 9.24(水)

 今日はめでたい話題を・・・
実は、担任の白水先生に3人目の赤ちゃんが生まれました。男の子だそうだ。女・男と続
いたからどっちでもよかったけどね。まー、とにかく無事に生まれてよかった、よかった。

 そこで、クラス全員でお祝いをしよう、と言うことになって「プレゼントは何にしようか?」
などといろいろ考えたが、なかなかいいアイデアが思い浮かばない。結局、「ゆめタウン」
にある「トイザらス」に行って買うことにして、昨日書道大会のあと、先輩と行ってきた。あ
まりの広さ、あまりの商品の多さに圧倒され、何を選んでいいかわからない。それで、まー
いちばんポピュラーな「くまのプーさん」と「とらのティガー」を買うことにした。

 ところが、ここではラッピングをしてくれないと言う。袋かペーパーを自分で買ってやらな
いといけないらしい。どうせ、袋は棄てるのだからと、トイザらスの袋のままリボンだけちょ
っとつけてプレゼントすることにした。

 そのでっかい袋を持って今日は登校。先生にプレゼントしたら、先生めちゃくちゃよろこ
んでたね。上の2人の子供の面倒も見なくちゃいけないから、今は課外をちょっとお休み
してる。だけど、これは仕方ないもんね。先生は立派に少子化対策を実践してる。でも、
今度生まれた子供が成人する時、先生いくつになるんだろう。さあ、あと20年はしっかり
頑張ってもらいましょう。
クラスのみんなで、先生にプレゼントした「くまのプーさん」と「とらのティガー」
「くまのプーさん」と「とらのティガー」1 「くまのプーさん」と「とらのティガー」2 「くまのプーさん」と「とらのティガー」3

   2003. 9.23(火・祝)

 夏休み前から、運動会の準備などでさぼっていた書道の部活。だけど、そうさぼっても
いられなくなった。今日、「高文祭書道部門」の筑後地区大会が南筑高校で開催された。
一週間ほど前から、足の裏真っ黒にして練習を頑張ってきた。家族から「足の裏、どうし
たとやー」といろいろ言われながら、とにかく今日の日を迎えた。

 10時半頃開会式があった。筑後地区のほとんどの高校から来ているから、開会時間を
このくらいにされているのだろう。大牟田や浮羽や黒木なんていうところからもたくさんの
参加者があった。開会式の司会は、今年明善高校が当番とかで、三年生の草場さん(私
たちは「草場さん」などとは呼ばない。「紀美ちゃん」といつも呼んでいる)が担当されてい
た。参加者総数200人を越えていたそうだ。
地区大会で作品を書く麻子  ← クリックすると大会のページへリンクしています
  
  3年生が1人、2年生が3人、1年生が1人と
 いう、少数精鋭(?)チームだ。私は創作文字
 を書くことになっていた。辞書と首っ引きで、
 字の崩し方を考えて、「地」という字を書いた。

  写真を撮っていたお母さんは、私が何という
 字を書いていたかわからなかったそうである。
 だけど、そのわからなかった字がよかったのか
 県大会出場が決まった。
私の他に、2年生の大場さん(「郁佳」ちゃん)と3年生の紀美ちゃんの3人だ。紀美ちゃん
は3年生だから、受験があるというのに、来月の県大会までは、練習に出てくるという。
本当は、2年生で頑張って全国大会に行きたかったんだそうだ。私はそれは無理だろう
が、できるとこまで頑張ろうと思う。

   2003.9.17(水)

 はーい、「するみ」的麻子で〜す。(この件に関しては兄貴のページご参照)感動の運動
会から早10日が過ぎ、校内模試も終わり(成績は聞かないで〜)、今日は2度も延期にな
った、筑後川花火大会の日である。なのに、こんな日にお母さんが狙ったように、劇団四
季のミュージカル「オペラ座の怪人」のチケットを取っていた。いい席が取りにくい土日を
避けて、平日に予約を入れたら前から3列目が取れたと言っていたので、花火大会に未
練は残るが、ここはやはり「オペラ座の怪人」に行かねばなるまい。
ストロベリーパフェ   今日は花火大会で、部活も午後課外(私達には関係ないが)も
 なく、3時半過ぎには放課となる。で、お母さんに学校の東門で
 待ち合わせして、西鉄久留米へ。いつものところに車を停めて、
 写真のようなパフェを食べさせてくれる、東町の○○○に立ち寄
 って、私が写真のストロベリーパフェ、お母さんはシナモンバニラ
 パフェを食べた。ここは先日、企画(被服担当)の先輩に連れてき
 てもらったとこ。結構気に入ってしまった。
 福岡駅に到着して、いつものドトールコーヒーで
アイスココアとベーグルサンドを夕食代わりに食べ
た。岩田屋Zサイドの「イーストボーイ」に行こうとし
たら、写真のような「ホークス神社」があった。テレ
ビなどで見てはいたが、実物を見るのは初めて。
ホークス神社

  私はたいして、ダイエーのフ
 ァンではないが、一応福岡県
 人として、今シーズンの優勝を
 祈って、絵馬(正確には紙の絵
 馬なのだが)に「ホークス、日本
 一!」と書いて(写真左)、かけ
 てきた。さあ、今日の試合結果
 はどうなるかな。

 このあと、イーストボーイに行
 って、ハイソックスを4足も買
 った。

 6時半からの開演、15分ほど前にキャナルシティに到着。いつもギリギリに到着してい
たので、今日はよ・ゆ・う。お母さんなんて、写真を撮りまくっている。恥ずかしいからやめ
て欲しいのに、そんなことお構いなし。
劇場入り口に立てられていた、通算公演回数の看板   8/10初日以来、今日の公演で37回目に
 なるそうだ。しかし、7年前、ここ「福岡シテ
 ィ劇場」がオープンしたときの柿落としの演
 目が「オペラ・・・」だったらしいから、それか
 ら通算すれば数百回になるのだろう。
  
 
 座席に着いたら、C列だから前から3列目と思っていたら、A列がなくて、前から2
列目だった。ステージが客席にせり出してきていたので、最前列がB列になったの
だろう。始まる前から舞台の上には不気味な雰囲気がただよっている。カバーが掛
けられた巨大なシャンデリアが、ロープにつり上げられていくとき、ほとんど手が届き
そうなところを上がっていく。今までで一番いい席に座って、初めて体験するゾクゾク
っとする感動。あっという間の2時間半だった。また絶対観に行きたい、と思った。
 
 入り口のところに、右の写真のような仮面がガ
ラスケースに入れられて飾ってあった。今日のミ
ュージカルを観終わった人たちは、ここで記念写
真を撮っている。

 私も携帯で撮って、待ち受け画面にしようかな
と思ったが、ちょっと気持ちが悪いので、撮影す
るだけにした。とにかく、最高によかったぜー「オ
ペラ座の怪人」。
「オペラ座の怪人」がつけている怪しげな仮面
 ミュージカルが終わって劇場から出て、いつものディッパーダンでクレープをたのん
でいるところへ、見知らぬおじさんが「ダイエーが勝っとるぞー」と連れの人に言って
いた。運河の横に大型ビジョンが置いてあって、CS放送で「ダイエー−近鉄」戦が放
送されていた。9時過ぎているのに結構たくさんの人が、中継に見入っている。結局
「12−4」でダイエーの圧勝。ねっ、今日「ホークス神社」にお参りしたのが功を奏した
のよねー。こうなったら、優勝目指して一直線。「ホークス、日本一」。

   2003. 9. 7(日)

 明善高校での初めての運動会。この運動会を2年前に見たときから、私は2年後には絶
対このグラウンドの中にいよう、と決めて、一生懸命頑張って明善高校に入学した。もちろ
ん、運動会はただ、参加するだけでなく(女だから)、援団はできないが、そのバックアップ
をする、企画委員をやろうと7月に手を挙げて、被服担当になった。

 被服の先輩達は、団長達が着る羽織を作ったり、団員ののぼりを作ったりされていたが
私達1年生はハチマキを作ったりレタリングの手伝いをしたりした。先輩方もこの道を通っ
て、今年羽織作りという晴れ舞台を踏んでいるのだと思う。

黄組パネルのカンペ(カンニングペーパー)。もうこんなもの見なくてもすべて頭に入ってる・・・
黄組の(表)カンペ 黄組裏カンペ
                          黄組のパネル
                                                 
黄 赤 白 青

 今日も暑くなりそうな一日だった。今日は朝6:50に集合という連絡が入っていたので、
高校に入学以来一番早いJRの電車(6:24発)で学校に行った。入場行進まで1時間以上
あるというのに、気持ちが高ぶってくる。「ああ、夢にまで見た明善の運動会の中にいる
んだなー」と。

 私は競技は一番最後の「色別対抗リレー」にしか出ないので、それまでの約6時間、延
々と待っていなければならない。でもその間にすることはいっぱいあった。午前中の最後
が全体応援だった。4つの色が合同で観客に向けて応援の披露をする。ここで、新制と
旧制の校歌を初めてみんなの前で歌う。これ以降、最後の応援合戦に向けて、モチベー
ションを高めていく。

 暑くてきつくて、昼食もあまり食べられない。昼休みに中学校の時の友達か何人も来て
いて、励ましてくれた。午後からは時間があっという間に過ぎていく。私が出るリレーの時
間になった。私は第2走者だった。昨年までなら、部活でずっと走っていたから、走ること
には自信があったが、1年以上運動をしていない私には、たった100bを走るのがとても
きつかった。

 それが終わるとすぐ、応援合戦。黄組は3番目だった。青や白の応援合戦に対する歓
声を聞く度に、胸が高鳴ってくる。いよいよ、笛の合図で始まった。一生懸命にやった。何
が何だかわからなかったが、できるだけのことは精一杯やった。あとは結果を待つだけだ。
紅組3年生の長さんと   そして、結果はバックパネルの部では優勝だったが、
 応援団は2位。総合では最下位だった。2年前まで、
 応援団2連勝という栄光を先輩方は知っているだけに
 最後を飾れなかったことが、とても残念のようだった。

  先輩に、来年こそは王座奪還を約束して、エールの交
 換はいつまでも続いた。

 使い捨てカメラを2つも持ち込んで、エール交換終了後に、同じ黄組の人たちだけでなく
他の色の先輩方とも写真に写ってもらった。その写真は明日、出来上がるそうなので、そ
ちらができあがったら、またアップ予定。上の写真(左)は紅組3年生の長さん。お兄ちゃん
のデジカメで撮ってもらった。

 使い捨てカメラのプリントも出来上がってきたが、同じような写真ばかりで、載せるほども
ないので、上の写真だけで今回は終わりにしまーす。   (9/9 記入)

   2003. 9. 3(水)

 運動会まであと4日となった。明善高校の運動会初体験の私には何が何だかよくわから
ないのだが、例年の運動会は9月の第2日曜日に開催されていたらしい。その法則から
いくと、今年は14日ということになる。ところが、今年の開催は第1日曜日である7日だ。
夏休み中から準備には取りかかっていたが、やはり全員がそろう2学期になってからの練
習がカギである。スタンドでのパネル練習も2学期になってから始まったばかりで、たった
1週間で本番に間に合うのだろうかと不安になる。

 それとは別に私は企画委員の中の被服を担当している。もちろん1年生だから、3年生
の指示にしたがって仕事をやっているだけだが、1年生の私でもこの仕事がどれだけ大変
かはわかる。

 運動会の準備だけでも忙しいのに、9月から以前(5才から中2まで約10年間)通ってい
たスイミングスクールに通うことにした。高校に入って、運動部に入らなかったので、運動
不足気味であること、だけど水泳部だと焼けるし、「根性ー」って感じでの水泳はやりたくな
かったことなどで、自分のペースで泳げる「フリーコース」を申し込んだ。

 週に3回行けるので、昨日久しぶりに行ってなつかしのプールで泳いだ。プールで泳ぐ日
は遅くなるので、JRで帰って来るように母にきつく言われている。それで帰宅したのが、
10時近く。その時間まで、夕食を摂る時間がなくて家で食べようと思っていたのだが、もう
完全に食欲なくなっている。

 そして、今朝は運動会のリハーサルで朝早くから出かけていった。一日中外にいるから
日焼け止めを塗る量も半端じゃない。だけど、そのまま日差しを浴びていたら、絶対に皮膚
に悪いと思う。で、結局今日のリハーサルは当日の競技を流してやったのだが、私が唯一
出ることになっている「色別対抗リレー」はやらなかった。何のために、一日中外にいたん
じゃー、と言いたい。
 
 毎日のニュースで県内の高校が、運動会の練習をしていて、熱中症でかなりの人数の
生徒が倒れたと報じている。明善も気分の悪くなる子はたくさんいるが、救急車で病院に
運ばなきゃいけない生徒はまだいない。応援団の人たちなんかもうフラフラのようだ。私も
含めてみんな疲れはピークに達している。だけど、今度の日曜までと自分に言い聞かせて
疲れた体を奮い立たせている。

   2003. 8.26(火)

    黄組応援団の企画Tシャツ ↓                           .
黄組応援団の企画Tシャツ(前)   夏休みもいよいよ終わりに近づいてきた。
 運動会の準備も佳境に入り、企画委員とし
 ての仕事と、黄組団員としてのパネルを覚
 えることが、のしかかってくる。

  帰宅しても御飯食べたら何もしたくなくて、
 お風呂にも入らず寝て、朝風呂に入って登
 校という毎日である。

  私も疲れがたまっているが、紅組応援団
 のお兄ちゃんの疲れは私ぐらいのものでは
 なく、近くのお医者さんにかかりながら、課
 外や練習を休んだりもしている。

  そんなお兄ちゃんが、今日は胸が苦しい
 とかで、聖マリア病院で検査の結果、緊急
 入院した。とりあえず、一晩だけということ
 だが、検査結果が悪ければ、本格入院にな
 るかも。応援団はどうなるのだろう。それよ
 り、運動会に出られるのだろうか。とても心
 配だ。早くよくなって帰ってきてね、お兄ち
 ゃん。
黄組応援団の企画Tシャツ(後)

   2003. 8.15(金)

 勉強合宿が終わってから、だらけた生 
活を毎日送っている。夜は「熱闘!甲子
園」を見た後も遅くまで起きているので、
朝がなかなか起きられない。

 だけど、今日はお盆なので、お母さん
がお墓参りに行くという。おじいちゃんの
納骨堂に行って、そのあと上津町にある
お墓に、ひいじいちゃんたちのお墓参り
に行った。やっぱり納骨堂よりお墓の方
が、お参りする、って感じがするね。
ひいじいちゃんたちのお墓にお参りする私

   2003. 8. 1(金)

 4日間の勉強合宿が終わった。勉強ばかりやれるもんか、と思っていたが、これが意外
とやれるものなんだなー。テレビも見ず、マンガも雑誌も読まず、○○○はやったけど、それ
でも1日10時間もの勉強ができてしまった。

 だけど、勉強のやりすぎか、夜更かしのしすぎか、最終日の今日、朝から熱っぽかった。
熱を測ったらやっぱり熱が少しある。先生が「保健室で休んでいなさい」と言ったので、ほと
んど朝ご飯も食べずに、保健室で休むことになった。おかげで、NHKの朝ドラ「こころ」や
フジテレビの「とくダネ」なんかを見ることができた。昨日凱旋帰国した、水泳の北島康介選
手が出ていた。ラッキー。

 お昼過ぎには早くもホテルを出発。その前に、おみやげタイムというのがあって、みんな
いっぱい買っている。私は先輩に生チョコと兄貴にバタークッキーだけ買った。一応、お世
話になってるからね。バスの中では熱があったことなど忘れて、友達と話して帰ってきた。
学校についたら、お母さんに電話して迎えに来てもらった。お母さんが「たいした荷物もない
のに、甘えとるんじゃない?」と言うので、「熱があったっちゃん」と言ったら、「夜更かしばっ
かりするからよ」とずばり痛いところをつかれてしまった。やっぱ、鋭い。

 「この合宿で勉強のクセがついたろー」とお母さんが言うが、一歩うちに入った途端に、そ
の気がなくなってしまった。きっと後期の課外が始まるまで本も開かないだろうな。そして、
課外が始まったら、運動会の準備も忙しくなる。企画のTシャツもできるそうだし、あとひと
月、燃え尽きるぞー。

 と、いろんなことを考えているうちに眠くなって寝ていたら、朝日新聞の「声」の担当者か
ら電話があって、合宿に行く前に投稿していた文が8/4(月)の朝刊に掲載されるそうだ。ラ
ッキー。だって、朝日新聞の掲載謝礼は現金なんだもん。

   2003. 7.29(火)

 さあ、今日から明善高校1年生恒例の勉強合宿だ。夏休みに入って、先週の土曜日まで
課外授業だった。だけど、暑いのなんのって。能率悪いったらありゃしない。そんなこと言っ
てたら、お兄ちゃんから「去年や一昨年は、今年と比べものにならないぐらい暑かったぞ」
と言われてしまった。そして、今日から阿蘇へ4日間の合宿である。入学してからすぐに行
った「規律友情の体験学習」も阿蘇だったが、今回は勉強だけなので、ホテルも違う。

 荷物がいっぱいだったので、お父さんの車に乗って学校へ。8時から出発式があり、9時
に学校を出発。お昼前にホテルに到着して、昼食を食べたら早速勉強開始である。テレビ
もパソコンも漫画も雑誌も携帯も、ぜーんぶダメの合宿である。「なんの楽しみがあるとい
うのか・・・」だけど、クラスのみんなと4日間一緒に過ごすのはとても楽しみだ。さて、先生
の目を盗んで何をしようかなー。

 あっ、そうだ。今回は校長先生が一緒に来られることになった。お母さんが「校長先生は
数学の先生だから『あっととけMATH』を教えてもらいなさい」と言った。だけど、校長先生の
所まで、いちいち聞きに行くのもねー。だけど、もしかしたら校長先生から「何かわからんと
ころはないかな?」なーんて来られたら、聞いちゃおう。

   2003. 7.21(月・祝)

 昨日、買ってもらった電子辞書。母に、ケースを 
自分で作りなさい、と言われたので、今日早速
「トーカイ」に布を買いに行って作ることにした。

 母から簡単に作り方は聞いたのだが、これが
なかなかうまくいかない。で、母につきっきりで教
えてもらって、ようやく完成したのが左の写真。
これなら、鞄の中に入れていても大丈夫。
電子辞書とそれを入れるケース

   2003. 7.20(日)

 昨日、縮毛をかけてきた。「縮毛」とはなんぞや。縮毛とは、正確には「縮毛矯正」という。
要するに縮れた髪の毛を真っ直ぐにする技術のことだ。一昔前までは、「ストレートパーマ」
と言っていた。が、ストパー(「ストレートパーマ」の略ね)よりも、高度な薬剤と技術を使うか
ら、仕上がりもきれいだし、ストレートの期間も長くもつ。当然料金も高い。私の場合、行き
つけの美容院で、いつも15,000円でやってもらっている。ところが、うちの親ときたら、学生
のくせにパーマなんて必要ない、と言ってカット料金の2000円しかくれない。だから、差額
の13,000円はいつも私の手出しである。お年玉や入学祝いを少しずつ取り崩しているとい
うわけだ。

 さて、夏休みに突入し、来週29日からは阿蘇での勉強合宿が始まる。毎日勉強漬けの4
日間ということになりそうだ。そこで、勉強に必要な辞書を全部持って行くということになる
と、英語が2冊、国語辞典に古語辞典に漢語林とざっと5冊の辞書を持って行かなくちゃい
けないことに気が付いた。私の細腕で持って行けるわけがない。
カシオの電子辞書「EX-word」   そこで思いついたのが「電子辞書」だ。お兄ちゃん
 は、高校に入学してすぐ買ってもらったものの、2台
 もパカしてしまい、今使っているのは3台目。辞書が
 7冊も入っているという優れものだ。

  それをお母さんに「私にも買って」とおねだりした。
 さすがにパーマとは違うし、お兄ちゃんにも買ってや
 っているので、これはすんなりOKが出た。

  そして、急遽、今日買いに行くことになった。実は、
 隣に住む叔父ちゃん(正確には祖母の弟だから大叔
 父なのだが)夫婦が、携帯電話を買い換えることに
 なって、母に付いてきて欲しい、と言ったので、それ
 ならついでにベスト電器に電子辞書も買いにいこう
 ということになったのだ。  
 叔父ちゃんも叔母ちゃんも、携帯電話には不慣れなので、母がいろいろとアドバイスして
いる。で、結局私と同じDoCoMoの「N504iS」に買い換えた。叔父ちゃんは職場の同僚が
「N505i」を持っているので、それが欲しかったらしいが、値段が1万円ほど違う上、母から、
「カメラもたいして使いきらんくせに、性能もあんまり変わらんとやけん安いとにしとかんね」
と言われて、しぶしぶ「N504iS」にしたらしい。きっと、うちに帰って、私に使い方を教えてと
言ってくるに決まってる、と思った。

 で、携帯の手続きが終わるまでの間に、私の電子辞書を見た。私は「漢語林」が入って
いる辞書が欲しかったのだが、それだと「広辞苑」が入っていなかったり、英語の辞書が
「ジーニアス」でなかったりと、うまくいかない。で、結局お兄ちゃんと同じ、カシオの「EX-
word」(36,000円/24,800円)=写真=を買った。薄くて軽くて、ほんとにこんなものにあんな
重い辞書が何冊分も入っているのか不思議な気分だ。これで、勉強合宿に持っていく辞書
の悩みはなくなった。

 だけど、母が、「こんなもの使うから、若いもんはだんだん辞書を使いきらんごとなるとやん
ね」と言う。「自分だって、電子辞書使ってるくせに」と思ったが、それはぐっとこらえた。ただ
この電子辞書は液晶パネルがとても弱いらしい。お兄ちゃんも2回ともここがやられて、保証
が効かず、買い換えたぐらいだから。鞄の中に入れていて、辞書の角が液晶パネルの裏側
から当たっただけでも壊れるらしい。それで、母から「電子辞書を入れるケースを自分で作
りなさい」、と言われてしまった。お兄ちゃんには作ってやったくせに・・・

 叔父ちゃんの携帯に話戻して。予想通り、帰宅したらすぐ、携帯の使い方を教えてくれと言
う。特に叔父は3年間も「P」シリーズを使ってきたから、「N」シリーズでの使い勝手がわから
ないらしい。それにカメラも加わって、教えることはいっぱい。だけど、2人にいろいろと教え
てあげたおかげで、2,000円もお小遣いをゲットしてしまったよ。ラッキー。

   2003. 7.16(水)

 今日は、一学期の(と言うことは、高校に入って初めての)三者面談だった。だいたい、う
ちのお母さんは、三者面談というと「初日の一番に取ってきなさい」という。前の人の面談
が押して、時間がずれてくるのを待ちたくないらしい。だけど、今日はお兄ちゃんの面談も
あるので、2番目の2時15分からを押さえておいた。それでも、前の人の話が延びて、少
し待たされた。

 お母さんも成績のことは余り期待していなかったらしいが、卒業後の進路のことでは、私
が進みたい方向をしっかりと説明していなかったので、なーんか食い違っていた。だけど、
勉強したくないから「専門学校」という線もなかなか難しそうである。勉強せんでもいい方
法、なんかないかなー。

 クラスマッチが終わってから、なんか気が抜けて元気が出ない。家でもお父さんに言わ
れるし、学校でも白水先生はそう感じていたそうだ。「お前は、良くも悪くも、あの藤木の妹
だから、注目度は大きいんだぞ」と言われてしまった。だから、眉ぞりのことも言われたし、
スカート丈も。だけど、お兄ちゃんの妹であることのメリットの方が大きそうである。さあ、来
週から大運動会の企画が始まる。私の季節がやってきた。

   2003. 7. 9(水)

 今日は、新執行部になってから初めての行事であるクラスマッチの日だ。執行部員とし
ての役割も大変だったが、クラスのハチマキやミサンガを作るための準備も大変だった。
あとは、運を天に任せて頑張るのみだ。

 まず、梅雨の真っ最中というのに雨が降らなかったことがよかった。だけど、陽が差して
いたので、日焼け止めクリームは塗っていたけれど、一日中外にいたので、顔も足も腕
も真っ黒に焼けてしまった。足なんか、靴下の形がくっきりとつくほどに今日の日差しは強
かった。もー、とにかくきつい。昼ご飯も食べるヒマがなかった。晩ご飯もあまり食べる気
がしない。ひざもすりむいてしまったし、明日起きれるかしら。

 で、結果だが、私達はハンドボールで、準々決勝で同じ3組のチーム同士が当たってし
まい、私のチームが負けてしまった。もう一つのチームが準決勝で敗れて4位だった。
まー、初戦はこんなものだろう。2学期のクラスマッチでは絶対優勝だー。

 優勝しなかったので無理だろうとは思ったが、担任の白水先生に「沖食のラーメンおご
ってください」といったが、「先生はお金を持ってないから、ちょっと無理だなー」と言われ
てしまった。2学期こそは優勝して、絶対先生におごってもらうから、先生覚悟しといて。

 今日の西日本新聞の「こだま」欄【わかもの特集】に私の大好きなさくらんぼ窃盗団の
投稿が載った。掲載謝礼の図書券が楽しみ・・・

   2003. 7. 4(金)                                     .
 
 クラスマッチでの団結の印である、ミサ 
ンガ(写真下)は作ったけれど、結局、ハ
チマキも作ることになった。しかも、裏表
使える「リバーシブル」で。

 それで、今日「サンカクヤ」に布を買い
に行って、うちに持って帰ってきて、43人
分(先生3人分含む)に切り分けた。
 
ハチマキとミサンガ
 お兄ちゃんが持っていたハチマキを見て、試しに1本作ってみた(写真上)。お母さん曰く、
「表と裏の模様が似てるので、リバーシブルかどうかわかりにくいじゃん。ラメ風の生地を買
ってくればよかったのに」。そんなこと言われても、ラメ風の生地は高いんじゃ。毎学期作る
ハチマキにそんなにお金はかけられんよー。

 というわけで、今回は女子が担当なので、ミサンガとハチマキをそれぞれ2本ずつ。私は
先生(担任・副担任・教生)の分まで合わせて5本作ることになった。夜中までかかってハチ
マキは作り上げた。さあ、明日はみんなに布を渡して、作ってもらう事にしよう。

   2003. 7. 3(木)

 昨日も書いたように、クラスマッチが近づいてきて、女子がミサンガを作ることになった。
私がその材料の、刺繍糸を昨日買いに行くことになっていたのだが、昨日は時間切れで
買えなかったので、今日お母さんに迎えに来てもらって、一番街の「サンカクヤ」で、下の
ような糸を買ってきた。運動会ではクラスが4つのブロックに分かれてしまうので、せめて
クラスマッチぐらいは一致団結しようと、4つの色じゃない「緑」を基調にして選んだ。さあ、
これをつけて今度のクラスマッチは優勝だー。そう言えば、お兄ちゃんが1年生の時に、
クラスマッチで優勝できなかった時、担任の先生が「優勝したら吉牛(吉野屋の牛丼)を全
員におごちゃる」と言っていたら、その次のクラスマッチでなんと、男女アベック優勝して
しまったものだから、40人全員に沖食堂のラーメンをおごってくれたそうだ。白水先生も
このページ見てたら、「男女どちらかでも優勝したら、食堂のアメリカンドックばおごっちゃ
る」って言ってくれんかなー。 
ミサンガを編むための刺繍糸

 最近、体育の授業は水泳だ。水泳は私の十八番(おはこ)である。だって、5才の時から
約10年間、スイミングで泳いできたから。そして、中一の中体連では市内大会で優勝し
(背泳ぎで)新人戦の県大会まで出たことがあるぐらいだから。

 それなのに、今日、約一年ぶりに泳いでみて愕然としてしまった。たった50メートル泳い
だだけで、もう腕が上がらなくなっている。信じられない。だったスイミングでは週3回の
練習で毎回3キロぐらい泳いでもへっちゃらだったのに。それでも、クラスの女子の中では
私が一番速かったけど、こんな低レベルの争いに勝ったからと言って、喜んでても仕方な
いなー。 


   2003. 7. 2(水)                                        .
私が書いたお父さんへの「合格おめでとう」   昨日のショックも癒えないまま、クラスマッチが近づいてきた。クラスマッチは
 運動会のようにクラスの分割はない。1年3組のままで頑張れる。これも、お
 兄ちゃんがいるから、わかることなのだけれど、クラスマッチ出場に際し、ハチ
 マキ等を作って団結するのだ。

  結局、1年3組は「ミサンガ」を作ることにした。1学期は女子が男子の分まで
 作ることになった。今日はその材料の糸を買いに行くことになっていた。そんな
 時、お母さんから「お父さんが昇任試験に合格したから、大きな紙に『合格おめ
 でとう』と書いてきて」と連絡が入ったので、それを書いていたら、ミサンガの糸
 を買いに行く時間がなくなってしまった。

  写真の紙をお母さんが貼り終わった時にお父さんがお祝いの宴席から気持
 ちよさそうに帰ってきた。私の書いたこの紙を見て、めっちゃ喜んでいた。試験
 に合格するために、一生懸命勉強していたお父さん。合格おめでとう。よかっ
 たね。

   2003. 7. 1(火)

 昨日、期末試験も終わって、今日はブロック集会の日だった。運命の「大運動会」でのブロ
ック分け発表の日である。お兄ちゃんと同じ「赤」ブロックになりたいと、あちこちで吹聴して
いたから、私もみんなも絶対「赤」になるものだと信じていた。3時間目の数学の時間に担任
の白水先生がブロック分けの発表をした。クラスを4分割にして、4つのブロックに分かれて
いる。

 そして、なんとなんと私は「黄」ブロックになった。よりにもよって、知っている人が誰もいな
い「黄」ブロックだ。「赤」になれなくても、「白」か「青」なら知ってる人がいるからそこになれ
れば、と思っていたが、だれもいない「黄」になろうとは・・・。ショックで頭の中は真っ白。4時
間目は授業が身に入らなかった。そして、昼休みに泣こうと思って先輩のところに行って、
思いっきり泣いた。「赤ブロックになれんかったー」と。

 しかし、冷静に考えたら、なまじ、兄ちゃんを始め知っている人がいっぱいいたために「赤」
になりたいという願望がひとりあるきしてしまった。これが、だれも知っている人がいなかった
ら、どのブロックでも何とも思わなかっただろう。とにかく、これから3年間、「黄」ブロックとい
うことは決定した。そうであれば、前向きに考えて、「打倒!赤・青・白」で大運動会に臨むこ
とにした。そして、「黄」ブロックの企画委員になった。そこで、被服を担当することになった。

   2003. 6.24(火)

 毎年6月になると山形のおじちゃん(お父さんのお友達)からさくらんぼが送ってくる。さくらん
ぼが大好きな私が物心ついた頃には送ってきていたから、もう10年以上になるかなー。正確
には、小さい頃からさくらんぼを食べているから好物になっているのかもしれない。

 ところが、今年は山形に異変が起きている。天童市を中心にさくらんぼ強盗が多発している
のだ。それも店先に並んださくらんぼではなく、収穫前の木になったさくらんぼを数百キロ単
位でもいでいくのだそうだ。こんなの許せない。さくらんぼ農家の人たちが丹誠込めて作った
さくらんぼを収穫まであと一歩というところで盗んでいくなんて。

さくらんぼを持つ麻子    こんな状況を見てお父さんが「今年はさくらんぼは送っ
 てこないぞー」と言った。そんなことはないだろー、と思い
 ながら内心心配していた。だって、6月ももう終わりに近
 づいていたから。ところが、今日学校から帰ったら、なん
 となんと毎年見る麗しのさくらんぼが届いていた。
  
  さっそく箱を開けてみたら、ルビー色に光るさくらんぼが
 たくさんはいっていた。うーん、この色・ツヤ、何とも言え
 ない。ご近所にもおすそわけをして、あとは全部私のもの
 さ・・・。

  で、山形のおじちゃんにお礼の電話をかけるんだけど、
 これがまたケッサク。だっておじちゃんはバリバリの東北
 弁、私は標準語で話しているつもりだけどやっぱ筑後弁。
 だから、半分ぐらいは何言ってるかわかんないのよねー。

   2003. 6.20(金)

 高校生になって、今まで通っていた習字の教室になかなか通えなくなってきた。たった週一
なのに。それでも、学校に部活で練習する書道と違うものがやりたくて、続けることにした。す
るとお母さんが「月に最低2回は通うこと。それ以下しか練習に行かなかったら、お小遣いの
中から“違約金”をとるからね」と言う。

 で、今月は2回続けてコンサートやらミュージカルやらに行ったので、残りの2回は絶対に行
かなきゃいけない状態に追い込まれていた。期末テストも近づいて、学校で勉強をして、友達
と話し込んでいたら、もう7時を過ぎていた。それから習字に行って、帰ってきたのは夜の9時
近かった。

 これからが本題
私のお父さんは、夏場になると「ルイボス茶」というのを沸かして、それを冷蔵庫で冷やして飲
んでいる。何でそんなのを飲んでいるかというと、血液中のコレステロール値が高いので、血
液をさらさらにすると言われるルイボス茶を飲んでいるというわけ。で、お父さん以外は麦茶と
ウーロン茶をブレンドしたものを飲んでいるわけだが、今日はお父さんが飲んでいるルイボス
茶を飲みたくて、勝手にルイボス茶の入ったペットボトルからコップについで飲もうとしたら、お
父さんにしかられた。「勝手に飲むなー」と。

 だから、私はとっさに「ルイボス茶仲間やろー、いいやんね」と言ってやった。「オレは認めと
らんぞー」と言いながらもまんざらでもなさそう。しかし、「なら、飲ませてやるけん、お前が沸
かして、冷やしとけ」と言う。これがいやなんだよねー。

 だけど、お父さんもルイボス茶飲んで、血液をさらさらにするよりもお酒とたばこをやめれば、
そんなの一発で解決するんじゃないかと、思っちゃいました。

   2003. 6.12(木)

 今日は文化部発表会でした。「部」というのがミソで、要するに文化系の部活をやっている人
たちの発表会なのです。しかも会場は久留米市民会館です。だから、運動部や帰宅部の人
は、今日は「見るだけ」です。中学校のときは「文化発表会」でしたから、クラス対抗の合唱コ
ンクールがあり、去年の私は金賞獲得のために一生懸命頑張りました。結果はもち金賞です。

 だけど、高校の音楽部の合唱は、中学のそれとはレベルが違いすぎます。女子音楽部の
「CAN-D(キャンディ)」でひときわ目を引いた星野朋子さん。きっと1年生で彼女を歌唱力を知
っているのはそんなにいないと思います。私は、昨年の発表会でのビデオを見てたから、その
時から、星野さんの生独唱を聴きたいと思っていました。噂に違わぬ素晴らしい歌唱力でした。

 男子音楽部の「Equal-1」も相変わらずステキでした。弁論部も放送部もESSも演劇部もそ
してオーケストラ部もやはり、中学校とは比べ物になりません。そして、それを観客席で見てい
る生徒もちゃんとマナーを守って、盛り上がるところは盛り上がり、そんなところがほんとに素
晴らしいなと思いました。

 午後からは学校に戻って、作品展示の鑑賞と「音楽部」、「軽音楽同好会」のミニコンサート
でした。書道部である私は、今日の為に作品製作と、作品の横に付ける作品の解説をパソコ
ンで作るのに追われました。でも、何とかそれなりにいい作品ができあがりました。下の作品
をクリックすると拡大写真が見られます。

麻子の作品1        . 麻子の作品2        . 麻子の作品3
 
 軽音楽同好会の熱烈なファンとして、会場の柔道場につめて、最前列で黄色い声援を送りま
した。もーのすごく盛り上がってました。それから、また市民会館に行って、宮崎から来られた
和太鼓の『橘太鼓』のみなさんによる演奏を聴いて、今日の発表会を終わりました。来年はも
っとレベルアップした作品を皆さんに見て頂けるよう日々精進(なーんて難しい言葉を使ってし
まった(;´_`;))しま〜す。

          「平成15年度 明善高校文化部発表会」のページ

   2003. 6. 6(金)

 今日、ホームルームで担任の白水先生がこんな話をされました。昨日は先生の○○才の誕
生日だったそうです。何かこの辺から先生の顔が、やに下がってきました。「今日は先生の自
慢をさせてください」と言われたので、「何だろう」と思ったら、先生の子供(4才と5才)から誕
生日のプレゼントで、ボールペンや消しゴムをもらったんだよと、にこにこして話されました。子
供が自分のお小遣いで、自分で選んで買ってきてくれました、とほーんとうれしそうに言われ
ます。そして「子供っていいですよ。今は結婚しない若者や、結婚しても子供を作らない夫婦が
増えていますが、みなさんたちも結婚して子供を持ってみると、わかりますよ、子供のよさが。」
と、なーんか厚生労働省の少子化対策課の職員さんみたいなことを言われました。まだ、私に
はそんな気持ちはわかりません。だって、まだいっぱい楽しみたいことがあるんだもん。

 そして、今日はお母さんと「綾戸智絵」のコンサートライブを観に行きました。彼女は最近は、
福岡には年2回来ているようで、昨年はお母さんとお兄ちゃんが2人でコンサートに行ってまし
た。今回もお母さんはお兄ちゃんを誘ったらしいけど、さすがに受験生のお兄ちゃんから断られ
て、私に回ってきたので、仕方ないのでお母さんに付き合って行ってあげることにしました。

 私はコンサートよりも福岡に行って買い物をすることの方が目的で、「ソラリアステージ」でT
シャツを2枚買いました。三越の地下の「KIHACHI ソフト」でマンゴバニラのソフトクリームを食
べて、コンサート会場の「アクロス福岡」まで歩いて行きました。

 アクロス福岡って、外から見たことはあったけど、中に入ったことはなく、吹き抜けのロビーに
まずびっくり。そして「シンフォニーホール」に入ってまたびっくり。久留米にはない、すごい造り
なんです。普通は2階、3階はステージに向かって、後ろ方向だけなのに、ここは左右にも3階
席まであって、「コ」の字型にステージを取り巻いています。上から吊り下がったシャンデリアも
すごかったし、こんなところでうちの高校のオーケストラの演奏会があったら聴きに行くのにな
と思いました。

   2003. 6. 1(日)

 今日は私の16才の誕生日です。だけど、お兄ちゃんはバドミントンの県大会で朝早く出て行
ったし、お父さんも当直で朝から仕事に出て行きました。お母さんはお兄ちゃんの試合を見る
ために出て行って、そのあとはどこをふらついているのやら。おばあちゃんは、玉名の元子叔
母ちゃん(なんと、教務主任の山村先生と同級生なのです)のところに出かけていき、一人残
された私は、書道部の先輩とちょっと遊んだけど、先輩も用事があるとかで、昼過ぎには帰っ
てきました。

 星野村に行っていたというお母さんが、ひさーしぶりに「モカ・ボーネン」のバースディケーキ
を買ってきてくれてました。もうそろそろこんなことはやりたくないのだけれど、お母さんが、ど
うしても、ケーキのろうそくを吹き消すところを写真に撮る、というので仕方なく写ってあげまし
た。最近、モカ・ボーネンのケーキを食べてなかったけど、お母さんが言うには、私達が1才の
時から、毎年の誕生日にはここのケーキでお祝いしていたそうです。そして、今日と同じよう
に記念の写真を撮っています。まー、恥ずかしいけど、お母さんの趣味に付き合ってあげるこ
とにしました。
モカ・ボーネンのバースディケーキ

  .
毎年お決まりの誕生日の儀式

   2003. 5.21(水)

 高校に入学して初めてのテスト(いや正確に言えば、入学式の翌日に実力テストが2回あっ
たので、今回は3度目になるけど)である中間テストが、今日ようやく終わりました。中学校で
は、中間テストは1日で終わっていたので、テストだけで3日間というのは、どう考えても長く、
もー、いいかげんに終わってよ、という感じでした。

 で、結果はどうだったかって。そんなの聞かないで。いいはずがない。だってほとんど勉強し
ていないんだもの。高校に入って、毎日の授業についていくだけで精一杯で、テストの範囲を
渡されても勉強する気が全然起きないの。ましてや、毎日の試験が終わって家に帰っても、教
科書を開く気すら起きない。テレビ見て、「セブンティーン」読んで、MD聞いて、そんなことやっ
ていると、当然のごとくお母さんが「何やってるの。試験勉強しなさい」と怒鳴ってくる。だけど
やる気が出ないものどうしようもないよー。

 さすがに、お兄ちゃんは受験生だから、試験前も試験中もそれなりに勉強やってたみたい。
それでも「わからんやったー」と言ってた。お兄ちゃんでもそうだから、私ができるわけがない。
もしかしたら赤点があるかもしれん。毎日あんまりうるさいお母さんに「私、大学行かんけん」と
言ったら、「じゃー、どうするのよー」と聞かれたので「勉強せんでも行ける専門学校に行く」と
言ったら「努力もしないような子に高校を卒業してからの学費なんか出してやらん」と言われて
しまったよー。「大学に行かんのなら、公務員の勉強をして初級公務員の試験を受けなさい」と
言われてしまった。あーあ、やっぱり高校にいる間勉強しないといけないのか。私は、勉強以
外のことで、明善生活をエンジョイしたいのに。だけど、答案が帰ってくるまで、ちょっぴりスリル
を味わって、また怒られるとしよう。

 さあ、来月12日は「文化部発表会」。運動部のように他校との試合がない文化部にとっては、
一年に一度のこの「文化部発表会」こそが、日頃の成果の見せ所なのです。テストが終わった
今日も、部活をしないでしっかり遊んでしまったので、明日からは本気入れて頑張りま〜す。

   2003. 4.23(水)

 うちのお母さんは、写真を撮るのが好きです。私が赤ちゃんだった頃からの写真は、アルバム
10冊を越えています。デジカメになった今では、撮った写真はきちんと日付をつけて、名前も書
き替えて、MOディスクにきちんと保存されています。(これくらい、マメに家事をやればお父さん
とけんかせずにすむのになー)

 そして、自分で撮る写真のほかに、写真館でもたくさんの記念写真を撮ってくれています。今
回はひとまず、9年前の保育園卒園の記念写真から、今回の高校入学までの、節目の記念写
真をアップしてくれました。まだ、それ以前の「七五三」やバレエを習っていたときの写真などあ
ります、それらもぼちぼちアップしてもらいます。

           『麻子の節目の記念写真』

   2003. 4.14(月)  

 2ヶ月前の今日は「バレンタインデー」、ひと月前は「ホワイトデー」。じゃー今日は何だ、ってん
で、FBSのめんたいワイドで古賀アナウンサーが「今日はオレンジデー、と言うのだそうです。」
と言っていたよ、とお母さんが教えてくれました。って、そんなこと聞いたって何の得にもならな
いけど・・・

 誰も友達がいないクラスでどうなることかと思ったけれど、お兄ちゃんの話題で、結構いろんな
話が出てきて、数人の友達ができました。お弁当は相変わらず2組のマッキー(市川真希)と食
べてるけどね。

 今日の放課後、(新制)校歌と応援歌である「白旆の歌」の練習が体育館でありました。生徒会
執行部と応援団がまわりを取り巻いて、ニラミを利かせるのです。まず、お兄ちゃんが、「おまえ
らー、大きな声でちゃんと歌えよー」などと、普段とまったく違うキャラで迫ってくるから、おかしく
って。でも、お兄ちゃんのことを知らない人たちは、恐い生徒会長と思っただろうなー。

 お兄ちゃんが私達のクラスの近くを回ってきたら、みんな声が小さかったので、「歌詞カードを
見てもいいけど、下を向いてると声が小さくなるから、歌詞カードは目の前に持って、大きな声
で歌おうね」と言っていました。それを聞いていた友達が、後で「麻子ちゃんのお兄ちゃんって
優しいよねー」と言います。これが、お兄ちゃんのほんとのキャラなんですよー。恐いお兄ちゃん
なんて、おかしくて、笑っちゃいます。で、なかなか覚えられない校歌の歌詞をお母さんが、どこ
からか捜してきましたので、クリックしてみてください。

        新制校歌   旧制校歌  白旆の歌

   2003. 4.12(土)
麻子の出品作品「努力に勝る天才なし」    毎年恒例の、日本習字筑後地区展が、石橋美術館1Fのギャラリーで
  開催されました。いつも、お母さんと見に行くのに、この日は入学後の
  疲れがどっと出て、朝起きられなくて、お母さんが怒ってさっさと一人で
  行ってしまったので、私は行けませんでした。

←これが、私の出品作品。以前にもこのページに貼り付けていますが、
  これは私の自信作。この写真をクリックすると拡大されたものが見られ
  ます。

   私の作品の他にも、友達の作品や先生の作品をお母さんがいっぱい
  撮ってきたそうなので、そちらのページもお楽しみに。

   たくさんの作品を整理してようやく「日本習字久留米地区展」のペ
  ージを作りました。 

   2003. 4. 8(火)                       .
校門前で記念撮影   今日はいよいよ、明善高校の入学式です。少し早めに
 着いたので、校門前で記念撮影。私の前にも何組かの
 親子が撮影してありました。きっと、式が終わってからで
 は、部活の勧誘で、ごった返すだろうから「今撮っておこ
 う」と言って、撮っておきましたが、やっぱり終わってから
 は、私と同じ事を考える人がいっぱいいて、みんな並ん
 で撮影してありました。

  クラスは3組。担任は数学の白水(しらみず)先生。だけ
 ど中学校の時の友達も塾で一緒だった友達もいません。
 まったくの私だけです。かなり不安。明日からは誰とお弁
 当を食べようかなー。

  部活は書道部と決めていたから、さっそく顧問の村石先
 生に挨拶。明後日のオリエンテーションが終わったら、い
 つでも入部していいよ、と言われました。さあ、明日はテ
 ストです。頑張らなくっちゃ。 
         
 
写真をクリックすると、入学式のページにリンクしています。

   2003. 4. 6(日)
 
 お兄ちゃんが、私が入学する明善高校の生徒会長をしていることは何度も書いてきまし
た。そして、3月3日の卒業式に読む送辞の清書も大変な思いをして、書き上げたことも。
しかし、あと一回、清書をしなければならなかったのです。それはあと2日後に控えた、私
の入学式で「新入生歓迎挨拶」を生徒代表として、読むことになっているのです。

 原稿をお母さんが仕上げたのが、3日(木)。そして、翌日先生に目を通してもらって、清
書用の紙をもらってきました。当然のごとく私に「清書してね」と頼むお兄ちゃん。どう考え
ても我が家で、この仕事をできるのは私しかいないので、覚悟はしていましたが、今回は
原稿用紙3枚半。また、4時間ぐらいかかるのかと思うと、気が重くなりました。
清書している私  出来上がった「新入生歓迎」の挨拶文

 書いている途中で、お兄ちゃんのバドミントンの試合を見に行ったりしたものだから、結局
ほぼ一日かかりました。今度の紙は送辞の時の紙より小さかったので、全部開いたら送辞
の時と同じくらいになりました。これで、お兄ちゃんの生徒会長としての仕事もほとんど終わ
りだそうで、私も清書のゴーストライターから解放されそうです。
全部広げたら、約2メートルに・・・

   2003. 4. 5(土)

 私が中学校の時に通っていた塾、一橋ゼミナール(現「トータル・ナレッジ・スクール一橋」)
は、第一志望校に合格したら、塾長がお祝いでいろんな所に連れていってくれます。お兄ち
ゃんの時にはボーリングでした。今回は塾長が奮発してくれて、北九州の「スペースワール
ド」へ、塾のワゴン車2台で行きました。少し寒かったけれど、みんなもうすぐ高校に入学と
いうことで、盛り上がりました。晩ご飯までご馳走になって、帰宅したのは9時過ぎでした。

   2003. 4. 4(金)

 入学式まであと4日となり、今日は明善高校に入学に必要な物品(靴・体操服・制服等)の
受け取りの日でした。かほりちゃんと一緒にお母さんの車で行きました。まず、「かうひいや」
でランチを食べて、予定より早く明善高校に着く。それでも、もう着ている人たちがいました。
両手にいっぱいの荷物を受け取って、いよいよ高校生になるという自覚が・・・

 そして、受け取った制服を着て、ちょっと早めの高校生気分に。「みのり写真館」で記念写
真を撮りました。出来上がりは今月いっぱいかかるそうで、お母さんが撮ってくれたデジカメ
の写真を下に貼り付けます。
制服を着た上半身姿

バックが白すぎるけど、お気に入りの一枚
制服を着た全身の姿
高校生に見えますか?
 今日から、4月の習字教室が始まった。小学1年生から始めて、今日から10年目に突入で
す。そして、高校は芸術で書道を選択し、部活も書道部に入る予定です。秋山先生のところ
もそのまま通います。高校生からは成人の部ということでお手本も変わります。そして、今ま
でのような大筆ばかりでなく、のし袋や芳名帳にも書けるような「暮らしの書」というのも勉強
しようと思います。というわけで、始めての「暮らしの書」の作品を下に貼り付けます。
 
 それぞれをクリックすると大きくなります。
「暮らしの書」のお手本 始めて書いた「暮らしの書」の作品
こちらはお手本です これが私の書いたもの。先生に修正をしてもらっています

   2003. 4. 3(木)

 今日は二週間に一度の資源ゴミ出し日です。この前から、ちらかっていた部屋を片付けて
ゴミをいっぱい出しました。その中に、小学校1年生の時から使っていた「引き出し」と給食
用の「お盆」もありました。お母さんがゴミを出しに行ったのですが、「写真を撮っていなかっ
た」と、また持って帰ってきました。物好きなお母さんなんだから・・・。というわけで、9年間
愛用した「引き出しと」「お盆」を記念に貼り付けておきます。
引き出し お盆(表) お盆(裏)
この中に道具をいっぱい入れて、
学校の机の引き出しに入れていました
荒木は中学校まで完全給食なのです。
このお盆も9年間、しっかり使いました

   2003. 4. 1(火)
 今日から新年度。だけど、中学校は卒業し高校にはまだ入学していない私は何となく宙ぶ
らりんです。新しいページも作ったことだし、何かいいネタがないかな、と思いながら、ネット
サーフィンしていたら、なんとNHK福岡放送局が毎月募集している「@アットホームなデジタ
ル写真展」(ほら、お母さんがいつも応募しているアレです)のページに私の写真を見つけま
した。昨年10月のテーマ「スポーツ」に、お母さんが応募していたものが使われているようで
す。このページのリンク先を下記に書いておきますから見てね。だけど、このページは来月
になったら、変わってしまうので、キャプチャー切り取りして下に貼り付けておきます。

                 『@アットホームなデジタル写真展
.

@アットホームなデジタル写真展のHP画像

真ん中の写真のバトンを受け取って走り出したのが私です