![]() |
| 2007. 7.12(木) |
| 博多祇園山笠の起源については諸説あるが、鎌倉時代の1241年(仁治2年)に博多で疫病 が流行した際、承天寺の開祖であり当時の住職である聖一国師(円爾)が町民に担がれた 木製の施餓鬼棚に乗り、水を撒きながら町を清めてまわり疫病退散を祈祷したことを発祥と すると言われている。 私は福岡県内に住んでいるのに、なかなか本物の博多祇園山笠を見たことがない。テレビ では見たことがあるし、10年ほど前には「集団山見せ」も見に行ったことはある。だけど、最後 のクライマックス、7月15日早朝に行われる「追い山」はまだ一度も見たことがない。 それから、この季節(7/1〜7/15)には福岡市のあちこちで飾り山を見ることができる。これ は、2週間という期間があるので、この時期に福岡に出て行けば1つや2つの飾り山は見ら れる。そこで、カメラマン?すーちゃんとしてはすべての飾り山を収めてこようと張り切って出 かけて行った。櫛田神社に奉納されている番外の飾り山も含めて、市内には14の飾り山が ある。まず西鉄福岡(天神)駅を起点として、時には徒歩で、時には100円バスで、そして時に は地下鉄を使って、撮影してきたが、日没までに全ての飾り山を撮影することはできなかっ た。 飾り山には全て表と裏(見送り)があり、それぞれに表題が付いており、博多人形師が制作し ている。14の飾り山のうち11の飾り山を撮影してきたので、下にサムネイルで掲載します。そ れぞれ特徴ある表題と人形師さんの作品をご覧ください。なお、撮影できなかったのは、「三番 東流」、「四番 中洲流」、「六番 千代流」です。 【それぞれの写真をクリックすると拡大(525×700ピクセル)写真をご覧いただけます】 |
| 博多祇園山笠のクライマックスが行われる、博多の総鎮守櫛田神社の入り口に設えられたスポンサーの提灯 |
| 当日、キャナルシティの飾り山を撮影して川端商店街を経由して博多リバレインに 行こうとしていたら、15日の本番のリハーサルである「追い山馴らし」が午後3時59分 (この59分というこだわりが何とも言えない)に始まって、たくさんの見物客で溢れてい たので、私も見ていくことにした。 |
| . | ||
| おそろいの法被を着た男衆 | 次代を担う子供達も混じって | |
| オイサ、オイサのかけ声の下に | 舁き山が駆け抜けていきました |
| 追い山馴らしが終わって、川端商店街 を歩いていたら、目の前を締め込み姿の 男衆が・・・ 久留米市大善寺の鬼夜での締め込み 姿も素敵だが、山笠の男の締め込み姿 を見ると胸がキュンとなる。 もちろん、後ろ姿だけです。この時期は どんな男性も素敵に見えるのです。 |
| そういう訳で、駆け足で福岡(博多)の町を巡った飾り山撮影は終わった。飾り山が 「静」ならば、舁き山はまさしく「動」。今日は静と動の両方を楽しんで贅沢な一日と なった。次回こそは本物の「追い山」(7/15早朝)を見に行こうと・・・ |
![]() |
| 戻 る |