| 2004. 3. 3(水) |
| 明善高校の卒業証書授与式は毎年3月3日と決まっている。その日が土曜日 であろうと日曜日であろうと、動かない。以前(少なくとも私が卒業した1978年当 時)は3月7日だった。ちなみに入学式は4月7日だった。これは、国立大学の受 験日程の関係らしい。今は、国立大学はセンター試験と二次試験(前期・後期) に分かれていて、前期と後期のちょうど中間で、かつ、発表の前というところで この日程の設定となっているらしい(と、これは私の勝手な想像であるから、もし かしたら違っているかもしれない)。 そんなことはどうでもいいのだが、毎年明善高校の卒業式の日はとても寒い のである。そして、今年の3/3はとびきり寒くて、コートなしではいられないくらい 寒かったが、式典にコートは着られないと、やせ我慢の薄着で、体中がちがち だった。 前日の表彰式では写真をたくさん撮ったが、さすがに卒業式にはあまり写真は 撮れなかった。というわけで、たいした写真ではないが、卒業式後のHRや卒業 生による「白旆の歌」を生徒たちが歌っている写真をアップした。 |
| 卒業証書授与式 |
| 卒業証書を授与される中島校長先生 | 卒業証書授与のために点呼される生徒 |
| 全日制送辞を読み上げる三宅賢人 現生徒会長(右) | 全日制答辞を読み上げる椛島大稔 元生徒会長 |
| 退 場 |
| 卒業生の退場に拍手を送られる、今村前校長 |
| 卒業生退場の様子(7枚 約270KB) |
| 最後のHR |
| 3−6担任の楠田先生 | 3−6副担任の江藤先生 |
| 担任より卒業証書授与 | 代表委員より一言 | ↑ 写真をクリック 3−6全員で記念撮影 |
| 卒業生による「白旆の歌」 |
| 明善校生は入学してから強制的に、3つの歌を覚えさせられる。 1つめは「新制校歌」、2つめは「旧制校歌」、そして最後に「白旆 の歌」。中でも「白旆の歌」は歌詞が難しく、ほとんどの生徒がこの 歌詞の正しい意味は理解できないまま卒業していくのではないか と思われる。 その「白旆の歌」を明善生として最後の日に、応援団の団長を中 心に中庭でみんなで歌った。またいつの日かみんなで歌わんこと を心に刻んで・・・ 『白旆の歌』 1嗚呼青春の饗宴に 盛るや緑酒の盃の色 此処玉楼の管弦に 栄華惰眠の幾年を 男の夢は醒めずして ときの流れの涯も無し 2狂瀾山と湧く処 白刃雨とふる処 吾が白旆の旗風に 刃向う敵の強くとも 必ず勝てや明善の 死しても止まぬ健男児 3小笹ケ原の夕まぐれ 銀漢空に冴ゆる時 血も紅の若き児が 肝もてなりし龍胆の 白旆高くかざしつつ 勝どき共にあげんかな |
| 写真をクリックすると拡大した(640×480ピクセル)写真がご覧いただけます |
| 2004年3月3日、明善高校第55回の卒業生が巣立った。しかし、明善の歴史は 古くは久留米有馬藩の藩校時代から200年を超える歴史を有する。その卒業生 は久留米を中心とする筑後地区・福岡県・九州・日本全国、そして世界各国に散 らばっている。今年の卒業生もそれらの先輩方に追いつけ追い越せと巣立って いった。 |